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第3部 レムリーの至宝 4.ザック:名前の護符

「なんと、オスカー。ディーレレインに住む者は皆モンスターの肉を食べるのか? いったいどんなものを食べるのだ?」  晩餐の皿をそっちのけにしてダリウス王が驚きの声をあげた。長い卓の向かい側に座ったオスカーは落ちついた口調で答えた。 「普通に暮らせばいずれはどこかで口にするでしょう。朝食の屋台ではパズー肉がよく出ます」 「屋台とはなんだ?」 「路上に出された仮の店で、市井の者がとる簡単な食事を出すんです。肉はモンスター素材を商う市場でも売られています」 「で、そなたの舌はロアセアのハイラーエ料理をどう思ったのだ?」  オスカーの目がすっと細くなり、真剣な表情になった。 「マラントハール風で、たいへん洗練されていました。美味でしたが、香料が効きすぎて本来の風味を損なっているところもあるかと」 「気に入らなかったのか?」 「まさか。ただ僕は……ディーレレインの朝市に出るパズーやオウルナムが恋しいのです。マラントハールの人には素朴すぎるかもしれませんが、大好物なので」 「なるほど。ザックはどうなのだ?」  黙って聞いていたところにいきなり話をふられてザックはとまどった。 「おそれながら陛下、どう、というのは……」 「あれだけ迷宮探索に出ているのだ。そなたもモンスター料理についてはいっぱしの意見を持っているのではないか?」 「ああ、陛下。ザックはモンスター肉はからきしなんです。ザックの隊は冒険者ギルドの糧食だけでやっていたから、ディーレレインでは何も食べてない。そうなんだろう?」  助け舟をだすようにオスカーがいい、ザックをみる。 「オスカーのいう通りです、陛下。効率よく探索を進めるため、シグカント隊員はディーレレインに立ち寄らず、ギルドから直接迷宮探索に向かっていましたので」  王はうなずいた。 「そうか。わからんでもない。シグカントらしい話だ」 「オスカーと知りあってから、ディーレレインのモンスター料理店へ行ったことはあります。モウルの腕という名で――」 「モウル?」  王はいきなりザックをさえぎった。 「私が生まれるより昔、同じ名の冒険者が持ち帰った秘宝がこの宮殿にあるぞ」 「きっと同じ冒険者でしょう。ディーレレインの街路にはボムで死んだ冒険者の名がつけられていますから」とオスカーがいった。 「すべての道にか」  王は不思議に真剣なまなざしでオスカーをみやった。 「僕が聞いた話ではそういわれています」 「町を造った者は死者の名を刻んで護符としたのであろう」王は重々しい声でいった。「しかし、私の命を受けたそなたたちは、至宝に達するまではけっして、道に名を残すことはまかりならんぞ」  ノラに案内されてあちこちみてまわったオスカーは、冒険者ギルドのにぎわいにとくに感銘を受けたようだ。しかしザックからみても、ギルドの騒がしさは尋常ではなかった。王の肝いりの探索隊ができるとなってから、トスキエラ訓練所に来る者も倍になっている。  翌日、冒険者ギルドの応接間でザックとオスカーに相対したサニー・リンゼイは、窓の外をいく人々を呆れたような目で眺めていた。ディーレレインからマラントハールの冒険者ギルドへ戻ってきたばかりだった。 「ディーレレインは静かなものですよ。こんなに応募が殺到しているとは思いませんでした」  サニーはカイン・リンゼイの弟だが、十歳離れた兄とはまったく似ていない外見である。騎士団で確固とした地位にあるカインは黒髪で筋骨隆々としているが、サニーは明るい金髪で細身の体は柳のようだ。ディーレレインの冒険者ギルドでは情報通でもあり、ザックにとってはシグカント隊のときから頼りになる事務方だった。  オスカーとサニーは初対面だとザックは思っていた。ところが顔をあわせたとたん二人とも奇妙な表情になった。ザックは怪訝に思ったが、打ちあわせをはじめるとすぐにそれどころではなくなった。検討することはいろいろあったが、王は探索隊が出発するのをいまかいまかと待っており、その心境はザックにも伝染しつつあった。早口でてきぱきと話を進めるサニーはそんな時にぴったりの相手だった。 「志願者から候補をピックアップ済みです。午後いちで面接をお願いします。マリガン隊からも何人か志願者がきましたが、かまわないんですか?」 「適任ならどこの隊だろうと問題ない。名前はわかるか?」  ザックは多少の期待をこめてたずねた。しかしサニーが書類をみながら告げた名前のなかにトバイアスはいなかった。 「ところで冒険者以外の人員ですが――オスカーさん以外で――ハンターをひとりは入れるべきです。ディーレレインを出る時にも中層にユミノタラスがあらわれたと大騒ぎでした。ただギルドでは狩人や解体屋の推薦はしていないんです」 「それならディーレレインに戻ったとき僕の知りあいに推薦してもらおう」  オスカーが口をはさんだ。サニーは無表情でうなずいた。 「わかりました。ディーレレインの魔法技師はハンターとも親しいと聞いていますから、任せましょう。僕が心配しているのは補給部隊のタイミングです。シルラヤからニーイリアまでは古代の昇降機を使う。とするとニーイリアの先にベースキャンプを置き、次の満月が来た時に下から糧食を送って、高層へ向かう本体を追いかけることになりますが――」  今度はザックが口をはさむ番だった。 「サニー、我々は今回、高層部にも古代機械で行く」  サニー・リンゼイはぽかんと口をあけた。 「しかしそれはまだ……みつかっていませんよね?」 「大丈夫だ。場所はわかっている。陛下のご尽力のたまものだ。王家の秘儀書に迷宮の地理が記されているんだ」  サニーの眸が大きくなった。 「本当に? それは大変な情報――」 「紙に書かれたものはない」ザックは自分の頭を指さした。 「理解しているのは俺だけだ。だから陛下は俺を隊長に任命された」  サニーは信じられないといいたげに首を振った。 「フェルザード=クリミリカの頂点まで、というのは本当の目標なのですね? 単に陛下に面目を立てるためではなく……」 「もちろんだ。しかし古代機械がどんなものかは現場に行くまでわからないから、当然ベースキャンプは必要だ。キャンプに留まる者は補給だけでなく、ニーイリアとシルラヤ、シルラヤとディーレレインのギルドの連絡役になる。重要な仕事だ」 「その通りです。単に冒険者として優秀なだけでは不安があります」 「その通りだ。俺はそれをきみに頼みたいと思っている」  ザックの言葉に金髪のリンゼイは固まった。 「え? 僕ですか?」  リンゼイがとまどっているのをオスカーは愉快そうな目つきで眺めていたが、ふとザックに視線をうつした。 「ザック、一緒に行く冒険者だが、ノラを連れて行けないか?」 「ノラを?」 「ノラ・バセット?」  思わず問い返したザックにサニー・リンゼイの声が重なる。 「なぜ?」 「おまえ以外に僕が人柄を知っている冒険者が隊にいてほしいんだ。駄目か?」  ノラ・バセット。彼女はザックにとって、妹か年下の従妹のような存在である。だからこそオスカーについてくれるよう頼んだのだが、隊員に加えようとは思いもしなかった。 「ノラは冒険者になったばかりですよ?」  サニー・リンゼイがいった。オスカーは整然と反論した。 「誰だって初めてはあるさ。中層まで行って、問題があればおまえと一緒にベースキャンプに留まればいい。冒険者の免状があるんだから、探索に行くだけなら僕より適任だろう」 「たしかにその通りですが……」 「ユーリ・マリガンともよく話すようだし、一緒に行かなかったらマリガン隊に入ってしまうかもしれないぞ」  オスカーから思いがけない名前が出て、ザックはぎくりとした。 「オスカー、それはどういうことだ?」  そう問い返したときだった。応接間の扉が叩かれた。  サニー・リンゼイがうっとうしそうにそちらに顔を向ける。 「打ち合わせ中ですよ。あとにしてください」  サニーの返事にもかかわらず、扉はガチャッと音を立てて開いた。隙間から濃い金髪がみえたと思ったら、ユーリ・マリガンの顔がのぞく。 「すごいな、噂をすれば影だ」  オスカーがいった。いったい何の用で来たのかと思いながらザックは立ち上がり、またぎくりとした。マリガンの背後にトバイアスが影のように立っていたからだ。

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