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第3部 レムリーの至宝 5.オスカー:冒険者の矜持

 冒険者ギルドの応接間でサニー・リンゼイの顔をみたとたん、僕はあっ――と思った。ナイフ野郎に襲われたあと店に来たギルドの男だ。  あのときはどうしたのだったか。たしかザックの施術でいろいろあって取り込み中だったし、こいつもザックを狙っているのかもしれないと思って追い返したのだ。で、僕がそんなことを思っているあいだ、向こうも僕のことを思い出したらしい。僕らは一瞬みつめあい、いささか気まずい空気とともに顔をそらして、知らん顔をした。  ギルドへ行く道すがら、サニー・リンゼイがカイン・リンゼイの弟だということはザックに聞かされていた。カインがリ=エアルシェの印がついたナイフを僕から取り上げたことはいまだにひっかかっていたし、兄弟ならサニーもかかわりがあるかもしれない、とも思っていた。でもザックはサニーを信頼しているようだった。話しぶりからして頭が良さそうなのに、カインのように居丈高で偉ぶった雰囲気もなかったから、僕は疑惑をいったん忘れることにした。その代わりといってはなんだが、ザックがサニーを探索隊メンバーに加えたいといったので、僕はノラを推薦した。  ディーレレインにいたとき、僕は冒険者にあまりいい感情をもっていなかった。それなのにザックとこんなことになって、だから今は考えもすこし……変わったと思う。でもユーリ・マリガンのような冒険者がディーレレインの僕の店に来たら、即座に追いかえすかもしれないし、免状をもらったばかりのノラがもしマリガン隊に入ったりしたら、なんだか気まずい。だからノラを加えてほしい、といったのだ。  それにしてもなんというタイミングだろう、その直後にユーリ・マリガンとトバイアスがやってきた。 「何のご用ですか?」  立ち上がってマリガンを迎えたものの、サニーは露骨に迷惑そうな表情だった。自分の仕事を中断されるのが嫌なタイプのようだ。マリガンが王様のお気に入り実力者であっても関係ないのか。実用を重んじるディーレレインの住民に似ていて、僕は一気に親近感をもった。  マリガンはサニーの様子には頓着していない。よく通る明るい声でしゃあしゃあという。 「やあ、サニー。そんな顔をするな。陛下と話して考えたんだが、ダリウス隊の後追いで私の隊も出発させることにした。大型モンスターが出現したときに備えて、後方隊として支援したい。先ほど陛下にもご了解いただいたところだよ」 「さようですか」  サニーの返事はそっけなかったが、同じように立ち上がったザックはそんな様子はみせなかった。 「マリガン卿、それは心強いことだ。陛下もお喜びだっただろう」 「いや、ご機嫌を直された、というくらいさ。私の隊に加わってもおのれの成果にならないのが不満なのか、とおっしゃられてな。これまでもマリガン隊の重要な成果は陛下に献上しているのをお忘れらしい」 「まさか、そんなことはないさ。ダリウス隊の目的はフェルザード=クリミリカの頂点をめざすことだ。未踏のルートで何を発見しても深追いするつもりはないが、マリガン隊が探索すればフェルザード=クリミリカの攻略はより早く進むことになる」  ふたりの冒険者は手を差し出し、握手した。マリガンの斜めうしろにトバイアスが立っている。ふたりが座ると僕の目は自然にトバイアスの手を確認していた。黒髪の男は神経質そうに指を曲げ伸ばししているが、動きはなめらかで支障はなさそうだ。ほっとして目をあげると、トバイアスがじろっと僕をみた。どことなく不穏なまなざしだった。 「マリガン隊はどのくらいの規模で出されますか? 隊長は?」  サニーの問いにマリガンがはっきりといった。 「今回は俺が出る。トバイアスが副官になる」  サニーは眉をあげた。 「あなたがお出ましになるのは珍しいですね」 「当然だろう。後追いといっても頂点を目指す陛下の隊につくとなれば冒険者の晴れ舞台だ。精鋭ぞろいで行くとも。優秀な副官もいるからな」  隣でザックが身じろぎした。トバイアスの目がザックを追うのをみて、僕は唐突に理解した。そうか、トバイアスはザックを――  指を再生したときは気づかなかった。経脈を探り繋げることができても人の心はわからない。だが今になって、あのときトバイアスが喜ばなかった理由はわかった。ザックはもちろんトバイアスが好きだ――だからこそ片腕をなくしても北迷宮へ戻ろうとした。だがザックは僕に出会った。  つまり僕は恋敵というわけだ。いや、ザックと僕がスキルヤを誓った今となっては、うかつにそうも思えないにちがいない。  。  その言葉はするりと僕のなかに落ちつき、トバイアスがダリウス隊に志願しなかった理由もわかった。冒険者でもない僕がザックと共に迷宮探索に行くのは、彼にとって忌々しいことにちがいない。 「正直なところをいえば、俺はマラントハールで陛下の機嫌をとるのにも飽きていてね」  マリガンは悪びれた様子もなくいった。 「フェルザード=クリミリカの岩壁に挑戦することの意味は我々冒険者にしかわからない。あの静けさが懐かしくてうずうずしていたんだ。ボムを解除し、隠れた通路や宝をみつけるときの興奮は経験した者にしかわからない。陛下が俺にダリウス隊を任せないのは残念だが、冒険者たるもの、この機会を逃すわけにはいかない」 「では具体的につめましょう」  サニーが冷静にいった。よけいな感情を交えない彼の様子に僕はまた好感をもった。その後の話に僕が口を出すことはほとんどなかった。たずねられて、知っているハンターと解体屋の名前をあげたくらいだ。  相談が終わると僕らは全員で応接間を出たが、ザックの隣にならんだとき、またトバイアスの視線を感じた。僕ではなくザックをみている。 「そうだ、オスカー殿、体調は大丈夫ですか?」  マリガンがいきなり訊ねてきた。僕は一瞬意味がわからず、聞き返した。 「体調?」 「リ=エアルシェの夜会で具合が悪くなったでしょう。トバイアスに生成魔法を使ったのが原因なら、北迷宮の探索中におなじことが起きるかもしれない」 「いや、あれはちがう」僕は即座に否定した。「迷宮でザックを施術したこともある。あのときは……見物人が多かったからな」  マリガンは僕をみてわざとらしくまばたきした。 「たしかにアスランは友人が多すぎる。リ=エアルシェはユグリアの辺境から海洋諸国まで取引しているし、ハリフナードルのような遠国の者もいるくらいだ。今は完全にオスカー殿の後ろ盾気取りですがね」 「ああ、ありがたいと思ってるよ」  僕はそっけなく返し、マリガンに背をむけた。  スキルヤの儀式がおわったあと、ザックは六芒星にあるロイランド家の屋敷にも連れて行ってくれた。街路に向いた外見はこじんまりとしているが、奥に長い造りの建物だ。執事を筆頭に使用人が並んで出迎えてくれたが、アスラン・リ=エアルシェの豪邸のように華美を尽くしていなかったので僕は内心ほっとした。  ついにディーレレインへ出発する日が決まったが、僕らはまだ離宮で寝起きしている。ザックはロイランド家の屋敷から装備を持ち出していたが、僕は慣れた形のローブとターバン、ブーツを新調してもらった。大事なもの――エー=ケゴールのターバン、魔法珠、ルキアガの鱗の腕輪――はポケットつきの腰帯にしまいこみ、身につけていくつもりだ。 「ザック」  窓のないザックの寝室は、小さなランプで照らされるとディーレレインの穴倉にすこし似ている。寝台に座ってザックを呼ぶと、白い髪が僕の方へかがむ。 「マリガンは大丈夫か? 何か企んでいないか?」  問いかけると精悍な口元がふっとゆるんだ。 「企んでいるかもしれないな。だが少なくとも、攻略中に危害を加えるようなことはしない」 「なぜ?」 「マリガンは熟練した冒険者だからだ。彼は陛下から、俺が秘儀書の導きを受けたと聞いている。それがなければ探索自体なりたたないことは承知しているはずだ。少なくとも陛下の求める至宝を手に入れるまで、マリガンは協力するだろう。それに冒険者たるもの、一度迷宮に入ってしまえば余計なことを考える暇はない。迷宮は冒険者にとって……」  ザックはふと言葉を切った。僕は先をうながした。 「冒険者にとって?」 「……恐れるものであると同時に、敬うものでもある。だから俺たちは危険な壁に挑戦できる。シグカント隊にあんなことが起きると俺が想像していなかったのはそのせいだ。マリガンはあれには関わっていない」  ザックの静かな断言にはきっと裏付けがあるのだろう。 「じゃあ迷宮や僕の店を襲ったのはリ=エアルシェの手の者か」  ザックは僕のとなりに腰をおろすと、そっと腰に手を回した。耳元でささやくようにいった。 「アスラン・リ=エアルシェはとっくに考えを変えている。ダリウス王の態度と俺についての噂を聞いたからだ。ラニーの病も父の容態も変わらないとはいえ……俺はグレスダ王陛下を通じ、ユグリア王家に忠誠を誓っている」 「恨んではいないのか? おまえはそのとき部下を失くしたんだろう。右腕も」  ザックの声は低く、ひとりごとのようだった。 「俺の右腕は戻ってきた。おまえに会ったからだ。オスカー」  なぜか胸がきゅっとつまった。 「ありがとう」と僕はいった。  ザックのささやきが耳をふるわせる。「何が?」 「なんであれ、一度はディーレレインに戻れる。おまえは約束を守ってくれた」 「それはまだ、これからだ……」  ザックの重みが僕の肩にかかり、首筋に熱い息がかかる。僕は体をひねり、幅広い背中に腕を回した。ザックのひたいを指でなぞりながら唇を近づける。僕の腰を支える腕に力がこもり、触れるだけだった口づけがすぐに激しくなる。  おたがいにむさぼるように舌をからめて、僕はいつのまにか寝台に背中を倒している。はだけた胸にザックの唇がふれ、吸われるたびに体の奥がびりりと震えた。頭の芯が溶けるような愛撫をうけて僕の足は自然にひらく。奥までつらぬかれ、何度も揺すられるとそのたびに声がこぼれた。 「ザック、あっ、あんっ、あっ――」  僕の中はとろとろに溶けて、ザックの動きに翻弄されるままになる。快楽に流される僕の頭からは、マリガンもトバイアスもすっかり消え失せていた。

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