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第3部 レムリーの至宝 6.ザック:カイン・リンゼイの弱点
「ロイランド隊長、まもなくリヴーレズの谷上空です。降下します」
飛行艇の乗組員がぴしりと片手をあげてザックに告げた。
「ああ。行け」
ザックはうなずき、座ったまますぐそばの丸窓から外をのぞいた。ハイラーエの峰々が雲をつきぬけるようにそびえている。岩壁は夕陽を受けた方向は明るく輝き、逆の方向は暗い影に塗られていた。ふもとにはリヴーレズの谷が白っぽい帯のように横たわっている。
と、ふいに左肩に重みがかかった。みると隣の座席のオスカーがターバンを巻いた頭をもたれさせている。振動する飛行艇は眠気を誘うものだ。目を閉じたオスカーは睫毛がさらに長くみえ、ザックは伴侶の顔に一瞬みとれた。
飛行艇フリモラレスト号のメインキャビンにいるのはダリウス王探索隊の中核となる隊員だ。ザックとオスカー、ノラ・バセット、サニー・リンゼイ、さらに志願者から選抜した冒険者五人。ディーレレインに到着したあとハンターと補助要員を加えて、それからフェルザード=クリミリカに出発することになる。
扉がまたひらいて、操舵室につながる通路からカイン・リンゼイが顔を出す。
「これより着陸する。全員、座ったままでいろ」
ザックの背後で了解のざわめきが広がった。カインはじろりとザックをみて、また通路に下がった。
フリモラレスト号でフェルザード=クリミリカまで探索隊を送り届けよ、とカイン・リンゼイに命じたのはダリウス王だ。その時カインはかしこまってうなずいたが、実際はこの役回りが気に入っていないにちがいない。乗りこんだときから不機嫌な顔つきで、弟のサニーと顔をあわせてもにこりともしなかった。この兄弟は似ていないだけでなく、不仲の噂もあったとザックは思い出した。
「もう着くのか」
眠そうな声とともにオスカーのぬくもりが肩から離れる。ザックはうなずき、丸窓を指さした。オスカーは首をのばし、目を丸くした。
「これがハイラーエか」
前にマラントハールへ連行された時、ザックとオスカーは補給船倉に閉じこめられていた。何度も飛行艇で王都とハイラーエを往復しているザックとちがい、オスカーがこの風景をみるのは初めてなのだ。
飛行艇はゆるやかに傾ぎ、光の点で囲まれた発着場へ向かうと峰の雄姿はみえなくなった。リヴーレズの谷は朝夕と正午のわずかな時間をのぞき、いつも峰の影で覆われている。太陽光が射せば白色に輝く採石跡も今は夕闇に覆われて暗い。輝く宝石のようなジェムの光がみえるだけだ。それでもオスカーは窓から目をそらさない。間近にジェムの灯火が近づいてくる。着陸の瞬間がきたとき、飛行艇はがくんと大きく揺れた。
一行は冒険者ギルドの宿舎に入った。ディーレレインのその他の建物と同じく、迷宮の構造を生かしている。だから窓はリヴーレズの谷に面した壁にしかなく、隊員にあてがわれた部屋も広くはない。それでも食堂から浴室まで備わっているし、探索に必要な標準装備や携帯食糧の備蓄もある。
オスカーはそわそわと落ちつかず、足取りは踊るようだった。戻ってきたことが嬉しくてしかたないのだ。一方ノラ・バセットにとって、ハイラーエや迷宮は初めて訪れる場所である。他の隊員がわりあてられた部屋に入ったあとも、オスカーはノラの横に立ってあちこち指さしている。
「ほら、すぐそこがオリュリバードの入口だ。あれが谷を渡すトロッコ線で、あっちは谷を見下ろす空中庭園だ。朝日が射す一瞬はすごい景色がみえる。みたい?」
「もちろんです!」
「空中庭園には僕の友達もいる。行ってみたいか?」
嬉しそうなオスカーに水を差したくはなかったが、ザックは急いで口をはさんだ。
「ノラは出発までひとりで町に出ないでくれ」
「どうしてですか、隊長」
ノラがかしこまった口調でたずねたが、眸はいたずらっぽく輝いている。
「聞いているだろう。ディーレレインの町は迷いやすい」
「ここは迷宮じゃないわ」
「――と思っていたら要注意さ、ノラ」オスカーがいった。「観光客も冒険者も、初心者はみんな迷う。大丈夫、明日は僕が|案内人《ガイド》のかわりをやろう。ザック、夕食はギルドの食堂でとるのか?」
「ああ。そのつもりだが」
そう答えると、オスカーは出口の方へ片手を振った。
「僕はひとっぱしり店の様子を見てきたい。こんなに長く留守にするはずじゃなかった」
ザックにもオスカーの気持ちはよくわかった。それにこの町は彼の古巣だ。一緒に行きたいくらいだが、このあと別の用事もある。
「かまわないが……遠くないか?」
「滑板車 をリロイに預けてるから、返してもらうついでに行ってくる」
「リロイ?」
「空中庭園に住んでる画家さ。おまえを追いかけて北迷宮に行く前に寄ったんだ。ノラ、今夜はよく休むんだ。戻ったらディーレレインの七不思議を聞かせてあげよう」
オスカーはノラに微笑みかけ、ローブをひるがえして歩き出した。ザックはノラが自分の部屋へ入るのを見届けてからそのまま通路を進んだ。
すっかり忘れていたが、ディーレレインのギルドはマラントハールの建物とは勝手がちがう。通路はくねくねとまがっていて、行き止まりかと思えば左右に分かれ、声や足音が奇妙な具合に反射して響くのだ。ふいに左手からサニー・リンゼイの声が聞こえた。
「いつマラントハールに戻りますか?」
「明日だ。これから戻ってもいいくらいだが」
「まさか。王の探索隊をフェルザード=クリミリカの入口まで運ぶはずでしょう。そのためのフリモラレスト号なのに」
「あれは騎士団の飛行艇だぞ。陛下の命令とはいえ、冒険者連中を運ぶなど、侮辱のきわみだ。おまえもな」
ザックの位置からはサニーも話相手の顏もみえなかったが、不機嫌な声の主はすぐにわかった。カイン・リンゼイだ。すぐにサニーの声がつづく。
「僕が気に入らないのはともかく、陛下の探索隊であることをお忘れじゃありませんか? まあ、兄さんは一刻も早くマラントハールに戻りたいんでしょうが。賭場のシーズンは始まったばかりだ」
ザックは眉をひそめ、立ち止まった。マラントハールには王の認可を受けた賭場があり、三月に一度開帳する。カイン・リンゼイは賭場通いをしているのか?
「おまえが口出しすることじゃない、サニー」
「たしなむ程度なら騎士団でも許されますからね。兄さんの地位ならなおさらだ」
「当たり前だ。王の賭場だぞ」
「リ=エアルシェに借りた金、どのくらい減りましたか」
「おまえには関係ない」
「兄さんが母さんの形見を溶かさなかったら僕も文句はいいませんが」
「よくそんな生意気な口が聞けたものだな」
カインの粗暴な足音が高く響いたが、ザックの耳に届いたのはそれが最後だった。
賭博か。騎士団の重職につく者にこんな弱点があったとは思いもしなかった。兄弟の不仲もこの悪癖が関係しているのだろうか。ザックは通路を左に曲がった。前方にサニーの金髪がみえたが、カインはもういなかった。
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