70 / 98

第3部 レムリーの至宝 12.ザック:偉大なるものへの敬意

 轟音と共に機関車が爆走し、繋がれた箱車はガタガタと揺れながら線路を駆け抜ける。左右の壁に取りつけられたジェムの光がザックの左右を素早く流れていく。揺れる箱の中で王の探索隊は荷物の上に腰をおろしたり、手すりにつかまったりしていた。  リスのトロッコ線とちがってヒイシアの路線に座席つきの客車はなく、通常なら冒険者は運ばないこの路線をザックが使ったことはない――はずだった。だが機関車を操縦しているヴォイテクはザックをひと目見て「生きていたのか」といった。朝食を終えたオスカーとサニー、ザックの三人で、リスのトロッコ線より低い位置にあるゲートへ降りたときのことだ。 「前に会ったことが?」  ザックは怪訝な表情になったが、禿げ頭の大男はうなずいた。 「覚えていなくて当然だ。ボムでふっとんで死にそうな時だ。ヤオ先生のところへ特急で運ぼうってんで、これに乗せたんだ。腕もあるじゃないか――ああ、オスカー」 「やあ。この前はありがとう」  ヴォイテクはオスカーをみたとたん笑顔になった。 「ひょっとしてあの時、おまえはこの男の腕を追っかけて北迷宮まで行ったのか?」 「ああ、そうなんだ」 「またここで会えるってことは、この前の用事は無事終わったってことだな。今日はどうした?」 「実は王の探索隊の一員になった。フェルザード=クリミリカに同伴するハンターを探してる。ロアセアが暇なハンターをかっさらってるって聞いたが、出発は早いほどいい」  大男の眉がくっと上がった。 「王の探索隊? それは昨日王都から来た飛行艇だろう――って、オスカーいつのまに王都に? まさかあんたも探索に行くのか?」 「ああ。隊長はザックだ。僕はその――」オスカーはほんのすこしためらった。「その、彼の伴侶……なんだ」 「なんだって?」  ヴォイテクは意外そうな声をあげたが、オスカーの上気した頬に視線をむけたとたん、事態を察したらしい。 「まさか――いや、ああ、そうか。そういうことか。ただの客を追いかけて北迷宮まで行くわけがない」 「あ、いや、あのときは――」  オスカーはあわてた様子で口をひらきかけたが、ヴォイテクは勝手に納得した顔つきでザックとサニーの方を向いた。 「つまり王の探索隊に加わりたいハンターを探しているのか。ロアセア嫌いのハンターと解体屋なら心当たりがある。オスカー、あんたも知ってる連中だ」  ――というわけで、いまフェルザード=クリミリカへ一行を運ぶトロッコの床に腰をおちつけているのは、ヴォイテクのいう「ロアセア嫌い」のハンターと解体屋だった。車輪が軋るような音を立てても眉ひとつ動かさず、むしろ騒音に張りあうような大声で話している。二人とも燃えるような赤毛を逆立てている。 「ああ、地底湖を守るとかいって、たいがいの連中はオリュリバードで順番待ちをやってる」  年上の赤毛がそういうと、もうひとりが「待つだけで大型が出るなんてうさんくせえ」と続けた。 「ロアセアは金払いがいいんだろ?」  オスカーがたずねた。背が低い方の赤毛の前に座っている。大柄な男が解体屋のアガンテで、もっと若い男がハンターのリラントだ。髪の色も顔立ちもよく似ている。親子かと思ったら叔父と甥だという話だった。 「金払いはいいが、俺は好かんね」  そういった大柄な男のあとにもう一人がすこし高い声で続ける。 「叔父貴は昔からロアセア嫌いだ。グレスダ王の治世の前はあいつらディーレレインでやりたい放題で、レア素材を騙しとるようなこともあった。あと、俺は地底湖が嫌いなんだ。大型が出るったって、じっとあそこに突っ立って待つのはごめんだよ」  ヴォイテクだけでなくこのふたりもオスカーの知りあいで、探索隊が北迷宮に行くためにヒイシアのトロッコ線を使うことになったのも、オスカーがいたから決まったことだ。  満月までにネプラハインの裂け目に到達するため、ザックが計画した日程は飛行艇で谷を渡り、シルラヤの岩壁まで飛ぶことを前提にしていた。カイン・リンゼイの出発でそれが不可能になったいま、トロッコ線で谷を渡るなら、迂回路線で混雑するリス線ではなくヒイシア線を使う方が楽だ。――そう、何気ない口調でオスカーがヴォイテクに話した結果こうなったのである。  ディーレレインの町でオスカーに生成魔法を施してもらった頃からザックもうすうす察していたことではあったが、魔法技師はこの町でとてつもなく敬愛されているのだった。鉱夫やハンターなど、ハイラーエ生え抜きの者たちにとってオスカーは突然あらわれた宝のようなもので、それは彼から生成魔法を施してもらった者にかぎらない。アガンテに紹介された時、まるで値踏みするような目つきにザックは内心たじろいだものだった。 「リラント、前に会った時、北迷宮の上まで行きたいといってたな?」  前を行く機関車から獣の吠え声のような音が響きわたるなか、オスカーが声を張り上げる。 「ああ、そうさ」 「望みはかなう。ザックはフェルザード=クリミリカの道がわかっている。だから王様はザックに任せたんだ」  オスカーの声と眸にこめられた信頼を意識して、ザックの背筋は自然に伸びた。  飛行艇が飛び立つ音を聞いた時はどうなることかと思ったが、トロッコ線はザックの予想よりずっと早く終点に到着した。一行は荷物をおろし、レイドの梯子と呼ばれる急坂をこえてシルラヤの岩壁に向かった。迷宮を形づくる岩山に囲まれているが、今はまだ空の下だ。全員が体重に応じた荷物を背負っていたが、道のりは順調に進んだ。  シルラヤの岩壁に到着すると、ザックは探知魔法が使える冒険者たちにボムを避けるフォーメーションを指示し、荷揚げと登攀に未熟な隊員――オスカーとサニー――を補助するためのロープを張る。中盤まで登ったとき、上空で空気を切り裂くバリバリという音が響いた。 「飛行艇が来るぞ!」  冒険者のひとりが叫んだが、ザックは驚かなかった。予想していたからだ。 「マリガン隊だ。我々はこのまま登る。あとについてくるだろうが気にするな」  岩壁を登りきると目の前に迷宮の入口、楕円形のトンネルが口をあけている。内部は外部の黒っぽい岩と対比をなす青白い色あいだ。日没にはまだ相当時間がある。  トンネルの奥にはどこからか昼の光がとりこまれていた。ザックは隊員に休憩を指示し、入り口を調べに行った。  サニーとノラ以外の冒険者は全員、多少なりとフェルザード=クリミリカを探索した経験があるが、ノラは何度もふりむいて、今や自分の足の下にあるシルラヤの岩壁とトンネルの境を確かめている。嬉しくてたまらないのだ。自分が初めて迷宮へ足を踏み入れた時を思い出し、ザックは微笑ましい気分になった。サニーはノラと対照的に、慎重にあちこちを確かめていた。これもよくある反応だ。  そういえば、オスカーがここに来たときはどうだっただろう? あのときは再会するなど思いもよらない状況だったし、先を急いでいたのもあって、ザックは注意を払っていなかった。サニーほどびくついていなかったことはたしかだ。ノラのように期待と興奮に満ちていたわけでもなかった。  ここから古代機械があるネプラハインの裂け目まではこれほど巨大な壁はない。ロープを使った方が楽な地点はあるが、基本は歩くだけだ。しかし迷宮のいたるところに埋まっているボムは、探知して避けるか、誘爆させなければ前に進めない。  座ってお茶を飲んでいる冒険者たちをふりむき、ザックは隊列について指示を出した。最初の広場に達するまでのあいだ、しばらくは荷物を背負った人ひとり通るのがやっとという道幅が続く。こんなところでボムが爆発すると悲劇が起きる。一列でなければ進めない狭い通路では先頭としんがりに冒険者が入り、周囲の壁を探知しながら進むのだ。  ザックは右手をのばし、トンネルを形づくる青白い石に触れた。  その瞬間だった。ザックの右腕が一気に伸びた――すくなくともそう錯覚した。  そうとしかいいあらわせないような感覚だったのだ。フェルザード=クリミリカの冷たい石の表面からザックの意識は内部へ吸いこまれ、一瞬にして奥へ浸透したかと思うと、今度は上方へ一気に駆け抜ける。  ダリウス王の小宮殿で秘儀書に触れたときは、一瞬で大量の知識を詰めこまれるような感覚があったが、それともちがった。古く、巨大で偉大なものに自分のすべてをわしづかみにされ、畏怖と感嘆で心がいっぱいになる。みると石の壁の表面がぼんやりと透けていた。複雑な模様を描いて壁の中をつらぬく線と、そのあいだに埋もれる結晶をザックはみてとる。  あれはボムだ。 「ザック?」  ふいに肩を叩かれた。  ザックはふりむき、魔法技師の端麗な顔をみつめた。オスカーはザックの横にならび、顔をつきだすようにしてトンネルの奥をのぞきこむ。 「やっぱり不思議なところだな、フェルザード=クリミリカは。大丈夫か?」 「もちろんだ」  自分でも不思議なほどほっとしながらザックはこたえ、オスカーの手を握った。

ともだちにシェアしよう!