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第3部 レムリーの至宝 13.オスカー:爆音の先触れ

 白い石のあいだに足音が響く。サニーが僕のすぐ前を歩いている。フェルザード=クリミリカの奥へ通じる最初のトンネルは人ひとりが通れるほどの幅しかなく、ダリウス王探索隊は一列になって進んでいた。僕とサニーは隊列の真ん中で、冒険者とハンターに挟まれていた。  トンネルの中は白い光で照らされている。眩しくきらめく光ではなく、どこに光の源があるのかもよくわからない。壁には並んで歩く僕らのぼんやりした影が落ちている。  迷宮内部の様子は以前ザックとふたりで歩いた時と変わらないのだが、今回は大所帯だ。ザックの他に冒険者は六人、そのうちのひとりはノラ。他に解体屋のアガンテとハンターのリラント、それにサニーと僕。アガンテは背負子で他の者よりひときわ重い荷物を運んでいる。それでも前に来たときよりずっとペースは速い。うしろにはマリガン隊がいるはずだが、僕らに追いつく気配はない。  マリガン隊はトンネルに入る前、シルラヤの岩壁を登っている最中に飛行艇でやってきた。彼らが後追いで来ると知っていたにもかかわらず、僕はなぜか腹が立った――きっと岩壁のなかほどで宙づりになっていたせいだ。他の隊員もムッとしたのがいたと思う。でも、ザックには心乱された様子もなかった。  指揮官としてのザックはなんだか新鮮だった。冒険者隊は軍隊ではないから、上官命令に絶対服従という空気はもとよりない。でもザックには他の隊員が自然に従ってしまうような雰囲気がある一方で、隊員の意見もきちんと聞いた。上に立って他の者を率いるだけの人品骨柄だ、などと思ったのは、僕のひいき目とはいえないはずだ。  ファーカルはいい上官だったが、ザックのように、生まれながらに上に立っているという雰囲気ではなかった。あの人はもっと型破りな人間だった。ハリフナードルでは島からの避難民を人としてまともに扱う習慣はまずなかった。でもファーカルは軍という窮屈なところでも、僕を単なる道具ではなく、同じ人として扱ってくれた。  ザックがもしハリフナードル軍にいたらどうなっていただろう? ふと頭をよぎった考えを僕はふりはらう。ザックはザックだ。もし――に意味はない。 「右側前方にレベル3を確認。ラクラム、解除してくれ。ノラ、左側足元を探知、レベル2以上なら解除だ」 「解除完了!」 「前に通った時よりもボムがはるかに増えている。ニール、前方正面を探知する。手伝ってくれ」  サニーのうしろに続きながら、僕はトンネルに響くザックの言葉を不思議な気持ちで聞いている。今のザックはまるでボムがみえているかのように話すが、前にここを歩いた時はそんなことはなかった。あの時ザックは右手を壁に添えて、すこしずつたしかめるように進まなかったか。  王家の秘儀書のおかげでザックは迷宮の道がわかるようになったといった。それはつまり、ボムのありかもわかるということだろうか。僕は誰かがボムに当たった時のためにいるようなものだが、もちろんそんな事は起きない方がいい。確信のこもったザックの声を聞くとほっとしたが、それでもフェルザード=クリミリカの白い石の壁は、前にここを歩いた時は感じなかった圧力のようなものを僕におよぼしているような気がした。  どうしてだろう。あの時僕は迷宮の奥まで行くつもりなどなかった。成り行きでザックについていったから、余計なことを考える暇がなかったから?  まあ、なんでもいい。探索の旅は始まったのだから、あとは進むしかない。  冒険者たちはザックの指示に従って足元や壁に埋まっているボムに処置をほどこし、僕のように探知魔法の使えないその他は彼らのあとを進んだ。それでもザックと二人で歩いた時よりずっとペースは速かった。そのことに気づいたのは、サニーの背中ごしに覚えのある光景がちらりとみえたからだ。  この探索隊では出入り口が一カ所だけの行き止まりの空間を「部屋」、前後に二ヵ所出口がある空間を「廊下」、三つ以上の出入り口がある空間を「広間」と呼ぶと決めている。あれはトンネルから最初の「広間」に続く入口だ。僕ははっきり覚えていた。あそこはザックと最初に野営した場所にちがいない。  ――と、その時だった。後方でブーンと唸るような音がきこえた。誰かが叫んだ。 「伏せろ!」  僕はすぐ前をいくサニーの背嚢をつかんで上体をかがめた。僕より一瞬遅れてサニーも石の床にうずくまる。同時にドンッと鈍い爆発音が響いた。かつての記憶が頭をよぎり、遅れて爆風が向かってくるのを僕は待ちかまえ、数をかぞえた。一、ニ、三――  風はこない。そっと肩を叩かれて顔をあげると、アガンテがうなずいている。 「うちじゃない。うしろから来ている連中だ」  僕は立ち上がり、背後をふりむいたが、白い煙があがってよく見えない。前に向きなおるとザックが片手をあげ、前進の手信号を出している。僕はアガンテの隣を歩きはじめた。通路はすこし広くなり、隊列の先頭はもう先のひらけた空間へ入っていくところだ。ほっとして思わず声が出る。 「うしろって、マリガン隊か?」  アガンテが重々しくうなずく。 「連中は爆発させながら進む流儀で有名だからな」 「さっきのはわざと?」 「かもしれん」  そんなことをして大丈夫なのか? 僕の頭は疑問符でいっぱいになったが、ザックは冒険者としてのマリガンは信用できるといった話をしていたから、そういうやり方もある、ということか。ザックの細かな指示をみたあとでは何とも荒っぽく感じてしまう。  トンネルの先の広間は、ザックと二人で最初に野営をした場所だった。僕らはわずかな小休止をとって出発した。ザックは今日のうちに「8の基地」と呼ぶ地点まで行くという。冒険者たちは戦場の陣形のような隊列をつくり、僕も含めたそれ以外は彼らに囲まれるような位置で行軍を続けた。  途中でボムを処置することはあったが、爆発は一度も起きなかった。一度、遠くの方でドンッと鈍い音が響いたことはあった。またマリガン隊がボムを爆発させたのかと思いながら次の広間へ入ったときだ。サワサワサワ……と木の枝を揺するような音が足元を伝うように響いてきた。  僕の斜め前にいたリラントが声をあげる。 「ゾムカの群れがくるぞ! 右の廊下へ追い立てるから、避けろ!」  ゾムカは甲翼竜に分類される小型モンスターだ。僕らはいっせいに左へ除け、一瞬遅れたサニーの腕をニールがひっつかんで壁ぎわに押しやった。そのとたん、手のひらほどの大きさの黒光りする甲羅の群れが水の流れのように足元に押し寄せてくる。リラントは隊の最後尾へ走りながら杖のような棒を前に突き出した。次の瞬間、棒の先端が箒か扇のようにぱっと開く。  リラントが腕を大きく振った。  まるでそれが合図であるかのように、黒い甲羅の中央に小さな羽根がひらいた。扇に誘われるように甲羅が舞い上がり、右の通路へ続々と流れていく。  黒い影が消え去るのにたいして時間はかからなかった。ザックがリラントに右手をあげる。 「よくやった」  リラントは肩をすくめた。 「うしろにいる連中の爆発に追い立てられたんだろう。ゾムカは噛まれると厄介だ」  ザックはうなずき、全員に向かっていった。 「もうすぐ予定の野営地だ。疲れているだろうが、あとすこしだ」  道のりが平坦なのと、時間の流れを感じさせない青白い光のせいで気づかなかったが、僕らは何刻も迷宮を進んでいたのだ。つまり外の世界はとっくに夜になっている。  道理で僕の腹時計がさっきから鳴いていたわけだ。背中もだるく、足も疲労でずっしりと重い。やっと残りの道のりを歩ききり「8の基地」――八方向に廊下が伸びている大広間にたどりついたときは、心の底からほっとした。  それでも野営の準備がおわるまで休息はできない。ザックが他の冒険者と共にがボム除けのロープを張って安全な場所を確保するかたわら、リラントとアガンテがテントを立て、サニーと僕は食事の用意をする。迷宮に入ってはじめての、きちんとした食事だ。サニーが水を汲んできたので、干し肉をもどして穀物と共に炊き、戻し汁でスープも煮た。  前に迷宮へ来たときザックと食べたギルドの糧食が微妙に味気なかったから、僕は荷物の中に調味料をいくらか忍ばせていた。椀によそったスープの味にサニーが目を丸くしたことには気づかないふりをした。  みな食事をおえるとそそくさとテントに入った。迷宮の壁が光を発しているから、テントはよく眠るための光除けだ。でもザックはテントの入口を開けたまま、手帖に小さな文字を書いている。文字が苦手な僕は寝袋におさまってその様子を眺めていた。  布一枚へだててノラも同じテントにいる。彼女は初めての迷宮行軍にも途惑った様子もなく、王都にいるときより生き生きしていたが、食事の最中に早くも眠りかけていた。アガンテがそんなノラを見て「若いが迷宮の素質十分だな」といっていた――冒険者というのはどんなときでも素早く熟睡できることが大事らしい。  ザックは黙って手帖の上で指を動かしている。今日の記録をつけているのだろう。 「ザック、マリガン隊は古代機械の場所を知っているのか?」  手が止まったのをみはからって僕は小声でたずねた。ザックは僕をみて軽くうなずく。 「トバイアスは何度も昇降機を使っている。ネプラハインの裂け目までは同じルートを来るだろう」 「あいつら、ボムをあんな風に扱って大丈夫なのか?」 「爆発によって秘宝がみつかることもあるから、稼ぎを重視する冒険者隊が使う方法だ。シグカント隊ではめったにやらなかったが、この方針でいく時は探知より防御を重視して隊列を組む。ボムで再起不能になったら意味がないから、盾のような陣形を作るんだ」  そういうものか。僕は光に背を向けて目をとじ、あっという間に眠りについた。 「月が昇るまでに大廊下と大階段を通過しネプラハインの裂け目に到達する。古代機械が降下する裂け目までは十七の大階段を越える。進行方向のボムは先行の三人で探知と解除を担当、アガンテとノラはオスカーとサニーを補助、他は側面のボムを警戒するように。リラントは最後尾でモンスターの出現に注意してくれ。前に通った時はユミノタラスが出た」  ザックの声にリラントがヒュウと口笛を吹く。 「ユミノタラス? それは豪勢だな」 「悪いが今日は狩りではなく、昨日のように〈逸らし〉で頼む。月にあわせてネプラハインの裂け目に古代機械が降りてくる。それを使って一気に上へあがる。ニーイリア以降は補給もかねて狩りが必要になる」  今度は他の冒険者が口笛を吹いた。リラントは肩をすくめ「たしかにそっちの方が面白そうだな」といった。誰ひとり昨日の強行軍にへこたれた様子もないのは、この先に古代機械が待っているからだ。  白い光がどこからか射しこむ昼間の迷宮には神殿か宮殿のような荘厳な雰囲気が漂っている。いや、マラントハールの宮殿をこの目でみた僕には、フェルザード=クリミリカは宮殿よりももっとすごい、言葉を超えた場所だということができる。ダリウス王がここへ来たがったのも無理はない。僕はいくらか王様に同情し、誰が何のために迷宮を作ったのか、あらためて不思議に思った。  ボムを処置しロープを張るために冒険者がハンマーをふるうたび、澄んだ音があたりに響きわたる。音がいくつも重なり、共鳴するさまはまるで音楽のようだった。今日は音に誘われたようにモンスターがときおりあらわれた。すっかりおなじみなったトゴレザのほか、中型の牙獣や健脚獣がふらりとあらわれる。一度はピリメドンが段の上から見下ろしていて、僕は腰を抜かしそうになった。ハンターのリラントは残念そうな顔をしながら投擲を放ち、モンスターを一行の行く手から逸らした。  僕はてっきり、迷宮でモンスターに遭遇したら狩るか逃げるか、それ以外の方法はないものだと思っていた。だがリラントによれば、優れたハンターほど〈逸らし〉に上達するものらしい。  大階段に達したところで昼食をとり、隊はさらに先をめざす。ザックの采配に加えて装備が万全なこともあってか、今回は巨大な段差を登るのがずっと楽だった。ボムを探知しつつ段差をよじ登って進むと、自然に隊員の間隔がひらいていく。隊列はいつのまにか長くなっていた。迷宮の天井は目も眩むほどの高所にあり、幽玄な雰囲気に圧倒されそうになる。  僕はヘムリンという冒険者の横で、ロープを頼りに壁を登っていた。ふいに遠くで金切り声のようなものが聞こえたと思った。地鳴りのような音も。  僕らはいっせいにふりむいた。  きっとマリガン隊にちがいない、冒険者がてんでばらばらに大廊下を走ってくる。唐突に爆発音が響いて、白い煙がもくもくと立った。ボムが爆発したのだ。  一瞬にして高揚した気分が冷め、僕の背筋は凍りついた。しかしこちらへ疾走する者たちはボムを気にする暇もないらしい。丸い光の輪が彼らの周りで点滅するのをみて、僕は思い出す。冒険者は防御魔法を使えるのだ。ボムが爆発しても完全に無防備というわけじゃない。  白い煙のむこうにモンスターの長い首がみえた。ザックの声が響いた。 「ユミノタラスだ。防御陣を張ってマリガン隊を迎えろ。リラント、逸らせるか?」

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