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第3部 レムリーの至宝 15.オスカー:爆風の記憶

 ザックは月色に輝く古代機械の前に立っている。  僕が古代の昇降機をみるのはこれで二度目だ。前にこれに乗った時は僕とザックのふたりしかいなかった。今回はマリガン隊も含めた大人数が、この不思議な機械をみつめている。  マリガン隊はダリウス隊に無事に追いついてきた。ボムが何個も爆発したのに、マリガン隊の冒険者で負傷したのはひとりだけだ。それもボムが原因というより、ユミノタラスが出現したためだ。体が欠けた負傷者はなく、手当も問題ないらしい。  ユグリア王国の冒険者はボムに対して完全な無力ではなく、より危険にさらされているのは谷でジェムを採掘する鉱夫たちだ。それでもボムが爆発する音を聞くと、ほんの一瞬のこととはいえ、僕の体はすくんでしまう。心の片隅で誰かが死んだか、吹き飛ばされたのではないかと恐れてしまうのは、ディーレレインにたどりつく前の記憶のせいだ。ファーカルが爆弾で死んだとき、僕はそばにいられなかった。  お騒がせなやり方でマリガン隊が合流したときも、古代の昇降機があらわれたときも、ザックは少しもあわてていなかった。昇降機の扉がひらくとさもあたりまえのように、全員乗れと指示をする。  僕らはぞろぞろと半透明の球体に乗りこんだ。こんな大人数が乗れるのかと僕は疑っていたのだが、最後にザックとふたりで中に入ると、まだ十分余裕があった。まるで広場に人が座りこんでいるみたいだ。古代の魔法は不思議としかいいようがない。でもザックはそれが当たり前のことのような顔で平然としている。なんだか……僕はぶるっと身震いした。  ついさっき、ザックは驚くようなやり方でユミノタラスを追い払った。僕は冒険者の魔法には詳しくないが、ザックの右手が普通ではないことをやらかしたのは、他の冒険者の顔をみてわかった。そしてこの古代機械があらわれたとき、いや、あらわれる前も、ザックは虚空をみつめながら奇妙な言葉を喋ったのだ。  いったいザックはどうしたのだろう? ボムが見えているかのように指示が出せるのは、ユグリア王家の秘儀書のおかげで迷宮の道を知っているからだと思っていた。でも、ユミノタラスに向かって強力な魔法を放ったり、不思議な言葉を唱えたりする様子はなんだか――なんだか妙に近寄りがたかった。  急にザックが遠くへ、僕の手の届かないところへ行ってしまったような気がして、僕は服の下に隠したペンダントをさぐる。スキルヤの誓印と魔法珠の鎖はちゃんとそこにあった。  古代の昇降機はもう動き出している。 「ニーイリアの岩壁に着くまで、座っていてくれ」  ザックがみんなに向かっていい、僕の隣に座った。 「オスカー? 大丈夫か」  僕はさぐるようにザックをみつめる。ひたいの傷跡も白い髪も暗い色の眸も、前とおなじザックだ。僕はうなずき、さっきから気にかかっていたことをたずねた。 「なあ、この先もユミノタラスは出るのか?」 「出るだろうな」  ザックはあっさり答えた。 「次は逸らさずに狩る。大型モンスターの牙や鱗はそのままでも中型以下のモンスター退けになる。アガンテがいるから、自浄作用が始まる前に処理できる」  モンスターの話をするザックにはもう、近寄りがたい雰囲気はない。すこし安心したのもあってか、僕はたちまち好奇心にかられた。 「だから解体屋が必要なのか。話には聞いていたが、北迷宮の自浄作用というのはユミノタラスみたいな大型も……消してしまう……のか?」 「謎のひとつだな。サイズは関係がないし、消えてしまうタイミングもまちまちで、いまだに規則性がわかっていない。爆発したボムの痕や杭を打ち込んだ岩盤が元に戻るのも、そうだ」 「人間が持ちこんだ道具も?」 「ああ。最初は他のモンスターに喰われるのかと思われていたが、トコレザのような種が始末するのは残飯や糞尿だけで、それ以外は迷宮の壁や床に……飲みこまれてしまう。狩ったモンスターを利用するなら自浄作用が働きはじめる前にばらばらに解体する。リヴーレズの谷へ出れば消えることはない」 「それなら消滅する前に食べればいいんだな」 「食べ――ああ、そうだな。腹に入ってしまえばたぶん……」 「ユミノタラスがあんな風に翼を畳んでいるなんて思わなかった。図鑑の印象とはかなりちがったよ」  僕は何気なくいったのだが、とたんにザックの目は遠くをみているように焦点があわなくなった。 「ザック?」  ザックの腕に手をかけると、ハッとしたように僕をみる。 「大丈夫か? おまえ、どこか……変だぞ」 「ああ。問題ない」  ザックは話をそらすように立ち上がると、みんなに向かって「すぐにニーイリアへ着く」と告げた。  斜めにさしこんだ月の光が巨大な岩壁を照らしている。ここには空があるのだ。 「マラントハールの宮殿みたいな建物があるとします。主宮殿があって、小宮殿が囲んでいるでしょう? 主宮殿の真上にものすごく高い塔をつくるとします。宮殿のすぐ上、塔の下の部分に回廊がある。たとえるなら僕らはその回廊にいるんです」  いったい北迷宮はどんな形をしているのか、なぜここで空がみえるのか、さっぱり合点がいかない。ニーイリアの岩壁の下で野営の準備をしながらぼやいたら、サニー・リンゼイが説明してくれた。 「そうか。わかりやすいな」  サニーは白い石で岩壁をひっかき、不格好な絵を描く。 「ダリウス隊は谷を越えてシルラヤから内部に入りました。ここが大廊下、大階段だとします。古代の昇降機がここを通っているとすると……塔のこの壁がニーイリアの岩壁にあたる部分です。ボムがいたるところに埋まっている壁」 「入口はどこなんだ?」 「今わかっているのは二ヵ所ありますが――」白い石がずっと上の方をひっかいた。「このあたりです」 「そこまで登らなくちゃいけないってことか」 「だからここは難所なんです。登攀ルートも少ない。隊長によれば壁を登らずに上層へ行く方法があるそうですが」  サニーの絵には、僕らがいまいる場所は狭い崖っぷちのように描かれている。でも、ロープで囲んだ野営地にはふたつの探索隊がそれぞれテントを張っても十分なゆとりがあった。  いかに北迷宮が巨大かわかるというものだが、ジェムコンロの向こう側でご飯を食べているノラはちっとも驚いた様子をみせない。ハイラーエをめざす冒険者やハンターにとっては、この程度の知識はあたりまえなのだろう。僕が無知すぎるのだ。 「古代機械、どこに消えたんでしょう」  ノラが気にしているのは僕らをここまで運んだ手段の方だった。月色の球体は前にザックと乗ったときと同じように、最後のひとりが降りたとたん見えなくなった。 「わからない。ザックはいつもそうだといって――」僕はあたりをみまわした。 「ザックはどこに?」  たしかリラントとアガンテのあいだにいたと思ったが、見当たらない。 「さあ――テントでしょうか?」  僕は立ち上がった。急ぎの用事なんてなかったが、なんとなくザックの近くにいたかった。  マリガン隊のテントと僕らのテントのあいだには自然な通路ができていた。隊員は三、四人ずつかたまって食事をしたり、装備を点検したりしている。テントがずらりと並ぶ光景は小さな村ができているようだ。ジェムの黄色い灯火のせいか、どこかほっとさせる景色だった。白い光に照らされた夜の迷宮は美しかったが、心がかき乱されるようなところがある。  通路の向こうに長身が立ち上がったと思ったら、トバイアスと目があった。僕らは同時に顔をそらし、知らぬふりをした。  僕は岩壁のすぐ近く、ザックとノラと三人で使っているテントの方へ歩いていった。月は真上にあって、ジェムの明かりがとどかない場所も薄明るく、影が僕の足元をついてくる。  人の声が聞こえた気がしてふとみると、岩壁のへこんだところから影がふたつのびていた。僕は耳を澄ました。「ロイランド」と呼ぶ声が聞こえ、すぐにユーリ・マリガンだとわかった。ザックもそこにいるのか。  正直な話、マリガンと会話するはめになるのは嫌だった。僕はノラとサニーのところへ戻ろうときびすを返した――その時だ。 「グレスダ王の道ならぬ恋については、やはりきみは知らないのか」  いったい何の話をしている? 僕は思わず足をとめた。 「白の妹君のことだよ。宮廷では口に出すのも禁忌になっているそうだが」 「いったいどこでそんな話を?」  ザックが問い返すのが聞こえた。 「ダリウス王陛下は禁忌など気にされない方だからな。それに俺は一とニを足して答えを出すのが好きなんだ。きみは自分が誰の腹に生まれたのか、知りたいと思ったことはないのか?」 「マリガン」  唸るような低い響きに僕はびくりとし、できるだけ気配を殺してその場を去った。マリガンがほのめかしているのはザックの生みの母にちがいない。道ならぬ恋だって? マリガンの野郎、ザックに何を吹きこんでいるんだ?  なんとなく腹だたしい気分でサニーのところへ戻ると、ノラが大きなあくびをしている。冒険者たちも寝る支度をしていた。僕はノラと一緒にテントに戻ったが、今度はザックにもマリガンにも会わなかった。ノラは昨日と同じようにすぐに眠りについたが、ザックはまだ戻らない。  僕は横になったまま、睡魔に負けないよう目をあけていようとした。でも、やがて眠ってしまったのだろう。背中にぬくもりを感じて目をあけると、ザックの腕が僕をかかえるように回されていた。いつ戻ったのだろう。  僕はザックの胸に顔をおしつけ、また眠りにおちていった。

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