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第3部 レムリーの至宝 30.ザック:悲願の成就

 ザックの頭上はるか遠くで〈クリミリカの喉〉の天井はぱくりとふたつに割れたようにみえた。その先に小さくみえる金色の球体に向かって、金色の蛇が螺旋状に胴体をくねらせながら昇っていく。  幽体となったダリウス王は蛇の尾をしっかり握りしめていた。手首にはザックがレムリーから持ち帰った腕輪がはまっている。カイン・リンゼイとその騎士も、隊員たちも、唖然として上をみあげているが、王は高らかに笑いつづけている。 「陛下!」ザックは叫んだ。 「お戻りください、その先にはレムリーの都がある――でもそれは魔法の罠です! 時を超えた永遠にいる古代ユグリア人はレムリーに留まる地上人を求めているのです。帰れなくなります!」 『帰れない? それこそ私の本望だ』  蛇はどんどん昇っていき、ダリウス王は光る人形のようにみえたが、声は不思議なほどはっきり聞こえた。 『レムリーの至宝は時の魔法……時を自在に動かし、あらゆる望みをかなえるもの……それを手に入れるのが私の望みだったのだからな! ザック、以前おまえにいったことを取り消そう。私はしかと受け取った――兄が死んだとき、私が受け継ぐはずだったものを! 蛇よ、私を迷宮の真髄へ連れて行くがいい!』  王はまた笑った。心の底から嬉しくてたまらないという笑い声だった。 『私は天上のユグリアを獲る。ザック、地上のユグリアはおまえに任せた。案ずともサタラスにこの身をゆだねた時に最後の王命を残している。マラントハールに戻り宮殿に入るがいい。おまえはたしかにグレスダの子だ。私より玉座向きだ――さらばだ!』  王の最後の言葉を合図にするかのように、稲妻の白い光が全員の目をくらませた。やっとあたりの様子がまともにみえるようになった時には、ダリウス王の姿はどこにもなかった。螺旋に渦を巻く蛇も、天へ向かって開いた穴もない。  そのかわり中央の柱には異変が生じていた。透きとおった柱の内側にはそれまでなかった金の螺旋が加わっている。さっきまで聞こえなかったカラカラという音、歯車が回るような音があたりに響いていた。みな、きょろきょろと不安げにあたりをみまわした。 「ザック・ロイランド?」  ユーリ・マリガンが呼んだ。腕を組んで顔をしかめている。 「今の現象を……俺たちはどう考えるべきなんだ?」  ふいにうめき声があがった。硬直して立ち尽くしていたカイン・リンゼイが頭を抱えて唸っている。 「俺は信じないぞ! 陛下は宮殿で幽閉されているのだ。あれは……あれは……」  ザックは絶句して膝をついたカインから目をあげ、周囲をみた。ここまでともにやってきた隊員のみならず、カイン・リンゼイの部下までもが自分をみつめている。ザックが話すのを待ちかまえているかのように。 「聞いてくれ、リンゼイ卿」ザックは静かにいった。 「ここにいる全員がダリウス王陛下の姿をみた。あれが幻なのか、ここで見聞きした物事に真実があるのかを知るために、できることはひとつだ。一刻も早くここを出てマラントハールに戻るぞ」 「そうだな」  ユーリ・マリガンがどこかほっとした顔で応じた。 「カインも落ちつけ。まずはここから引き上げよう。今の騒動で負傷した者の手当てを――」  マリガンの顔がこわばった。 「ザック、オスカー殿は大丈夫か?」  オスカーは柱にもたれて座っていたが、顔は土気色で生気がなかった。血止めの布がぐっしょり濡れている。  ここへ来たときと同じように、一行を乗せて転移陣は動いた。  行きとちがったのは途中でモンスターに出くわさなかったことだ。転移をくりかえすだけでおわるなら下層への移動はあっという間である。しかし階層を下ってもカラカラという歯車が回るような音は消えず、むしろ大きくなっていた。  いったいこれは何の兆候だろう? 不吉な思いを抱きながらもザックは冷静にみなを指揮した。  オスカーは急ごしらえの担架に乗せられている。ザックが幽体のダリウス王と相対しているあいだに意識を失ったのだ。気づけなかったことにザックは歯噛みする思いだったが、一刻も早くディーレレインに連れ帰ることだけを思い、あえて自分の心は殺した。  ニーイリアに到着したとき、歯車が回るような音はますます大きくなっていた。ベースキャンプにはマリガン隊の冒険者たちが縄で数珠つなぎになっていた――カイン・リンゼイの隊がやったのだ。彼らを解放してもザックは理由のわからない焦りにとらわれていた。ネプラハインの裂け目に通じる古代魔法の昇降機に全員を乗せるあいだも焦りはますます大きくなった。ここでもカチカチと歯車のまわるような音がせわしなく鳴り響いている。  それでも昇降機は無事に下界へついた。 「早く外へ出ろ!」  みなを急き立ててザックは馴染み深い場所に立った。フェルザード=クリミリカの白い石の表面は奇妙にほこりっぽく感じた。何かが以前とちがっている。  ザックは大階段の上からボムを探知しようとし、異変に気づいた。 「ボムが……なくなっている?」 「まさか!」  マリガンが鼻を鳴らしてあたりを調べたが、やがて口笛を吹きはじめた。 「まさかのまさかだ。ボムがないぞ。どういうことだ? 北迷宮の壁はボムを再生しなくなったのか?」 「そういえば……」ザックはふとつぶやいた。 「音が消えた」 「音?」 「歯車のような音だ。ここに来るまでずっと聞こえていた……」  話しながらザックはふりむき、白く輝く壁のあいだの裂け目、たったいま月色の球体で降りてきた闇の裂け目をみようとして、目をみはった。 「マリガン」 「どうした」 「ネプラハインの裂け目が……なくなっている」 「なんだと?」  信じられないという目つきで壁をみつめているマリガンの横で、ザックは右手を伸ばしたものの、冒険者の魔法では何も感知できなかった。  以前ここから上へ向かった時は、どうすればこの先へ進めるのか〈秘儀書〉を読んだ自分にだけはわかっていた。しかし今は迷宮の中枢につながる標識がなにひとつみえない。  あのとき、都の管理者のために迷宮は道を開いた。  でも、今はすべて消えてしまった。  。  突然ザックは理解した。今この瞬間は、腕輪と共にレムリーの都へ消えたダリウス王が管理者の役目を担っているにちがいない。  誰にもこの役目を奪われたくなかった王は、レムリーの都に通じる古代魔法を完全に閉じてしまったのだ。

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