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終章 ユグリア王の魔法技師 3.闇色の痣

 飛行艇フリモラレスト号でディーレレインへ着いたのは、ザックの他はサニー・リンゼイとアスラン・リ=エアルシェだった。リ=エアルシェはザックの命を受け、しばらくディーレレインに留まるという。リヴーレズの谷とジェムに大きな権益をもつロアセア家を見張るという意味があるらしい。  王都で会ったときと同じように僕はアスランに何度も大げさな言葉をかけられた。ザックが彼に何を頼んだのか僕はよくわかっていなかったが、よろしく頼むといったら喜んでいたから、きっと大丈夫だろう。  僕は彼らと入れ替わりに、その日のうちに飛行艇に乗った。  窓からみえるマラントハールは、緑の平野におかれた大輪の花のようだ。真ん中の五芒星へ降りていくと、青いタイルで飾られた宮殿がしだいにはっきりしてくる。空の青とも海の青ともちがう艶やかな色が太陽を反射してきらめく。  僕はザックのあとから飛行艇を下りた。待ちかまえていた騎士の一隊が僕らを囲んだが、もちろんザックを守るためだ。カイン・リンゼイに捕まって最初にこの都へ連れてこられた時とのあまりのちがいに、僕の頭はくらくらした。  あのときは夜中で、僕はすぐにザックと引き離されてしまった。いま僕らを迎えた騎士の中にカインはいない。僕はザックの隣を歩いている。  宮殿はあいかわらず大きくて美しかったのに、なぜか前よりも壮麗に感じず、むしろ妙に可愛らしく思えた。正面の広い廊下を歩きながら僕はあたりをみまわした。つい最近よく似た場所を歩かなかったか? でもこれよりもっと大きく、広くて――  そうか、レムリーの都だ。すぐに思いつかなかったのが不思議なくらいだ。この宮殿の意匠には、昇華人――体を捨てて心だけになった者たちの都市に似たところがある。  しかし実をいうと、僕の中にある〈レムリーの都〉の印象は、ディーレレインに戻っているあいだにかなり薄れていたのだ。  あの都で僕らを案内した緑色の男はなんて名前だったっけ? ザックが白く輝く柱の前に座っていたことや、金色の蛇と赤い目はぼんやり思い出せるが、あの都で何がどんなふうに起きたのか、すべてがあいまいで現実味がなかった。 「ダリウス王陛下は小宮殿のサタラスで眠ったまま、目覚める気配がない」  歩きながらザックがいった。 「サタラスは複雑で巨大な魔法装置だ。動かすこともできないから、小宮殿はこのままになるだろう。側室とお子たちは陛下の譲位をご存知だ。宮殿を出たいといわれたがお引き留めしている。王の子がユグリア王家の者であることに変わりはないからな」  迷いなく歩くザックについていくと、離宮へつづく見慣れた回廊に出た。開いた扉の前に見慣れた姿があった。 「メイリン!」  ロイランド家の侍女は僕をみつめて膝をついた。賢い目がきらきら輝く。 「オスカー様。お帰りなさいませ」 「ああ、帰ったよ――」  僕はもっと何かいいたかったのだが、ザックが肩を押して早く入れとうながした。背後でメイリンに命じる声が聞こえた。 「メイリン、今日は誰も通さないでくれ」  ほとんど音を立てずに扉がしまった。僕は出発した時と同じように居心地よく整えられた居室をみまわした。壁にかけられたつづれ織り、あちこちに敷かれた丸い絨毯、長椅子、刺繍のクッション。  腰にザックの腕がまわった。 「オスカー」  くぐもったささやきが首筋に触れる。腰をぐっとひかれ、そのまま抱きしめられる。 「ザック。どうした、急に――」 「迷宮で」うなじでザックの唇が震えた。「おまえを傷つける者がいたのに、俺は気づかなかった。止められなかった」  そんなことを気にしていたのか。思わず微笑みがうかんだ。 「あんな状況で僕ばかりみているわけにいかないだろう。おまえは隊長だったんだぞ。僕は大丈夫だ。傷もほとんど治ったし……」 「確かめさせてくれ。今すぐ」  ザックの腕がゆるんだ。ふりむいた僕は彼に抱きかかえられるように長椅子に運ばれていた。ザックの吐息が頬にかかって、ひたいを唇でなぞられる。髪を包んでいたターバンがおちた。ザックの指が僕の頭に触れて、髪にからむ。頬、鼻、顎と唇をおとされ、口をふさがれる。熱くくねる舌に強く吸われると甘い感覚が背筋をくだって、下半身が待ちきれないように震える。 「いいか?」 「ああ」  ザックは僕のローブをひらき、僕は長椅子に横になったまま、体をくねらせてローブを床に落とした。ザックの手がローブの下の布地をもちあげ、素肌に触れる。手のひらがへそから胸へあがり、左の乳首に触れた。 「あっ……」  小さく声が出てしまったが、ザックはそのまま手をとめた。あらわになった胸をじっとみつめている。 「ザック、傷なら大丈夫だ。だから……」  僕は気にするなといいたかっただけだ。でもザックは真剣な目で僕をみつめ、またそろりと指をのばした。左胸の周囲をくりっと円を描くようになぞられたとたん、甘いしびれが広がって――胸だけでなくへそから下半身まで伝わって、びくっと体がはねる。 「あっ、んっ」  こんなにありさまに僕を追いこんでいるのに、ザックは訝しげな声をあげた。 「オスカー、痣が……」 「……痣?」 「迷宮で……おまえを抱いた日についた痣だ。動いている」  僕はザックの視線を追うように、首を起こして自分の胸をみた。  闇色の痣はザックの指の影のように皮膚に浮かび上がっている。ザックと出会ってからあまりにいろいろなことが起きたせいか、こんな痣はもともと「なかった」のを僕はすっかり忘れていた。この痣は、迷宮でザックの〈紋章〉の蛇に呑まれてしまった闇珠のかわりに、あるとき僕の体にあらわれたのだ。それ以来僕は闇珠を媒介にしなくても、ザックの経脈を感じられるようになった。  ザックは僕の胸からへそへ、指をすべるように動かした。すると痣はまさに指の影のように、僕の体の表面を動いた。 「んっ、あっ、はぁん……」  僕は片手で長椅子をつかみ、片手でザックの袖をつかんだ。 「オスカー?」 「ザック、それ……あっ」  ザックの指が動くたび、闇色の痣をなぞるたびに、甘い感覚が全身を走って、しかもますます強くなる。僕は必死でこらえているのに、ザックはわかっているのかいないのか、円を描くように指で僕の皮膚をなぞり、へそのまわりからもっと下へおりていく。 「やぁっ、だめ、いや、ああっ、出るっ、あんっあああっ」  くっと下着を引きずりおろされ、勃起して震える中心に触れられただけで、僕は一気に達してしまった。目を閉じて、自分が引きのばされるような快感に長く息をついたが、白濁に濡れたザックの手はまだ僕を覆っている。と思うとその手は太腿のあいだへ動いて、そのとたん僕の体はびくっとはねた。 「あっ、いやぁっ、だめ、そこ……」 「この痣に触ると感じるのか」  指が割れ目をさぐり、甘いしびれに全身が溶けるような気がした。  信じられない、どうしてこんなことになってるんだろう。この痣は何をやらかしているのか。 「ザック……」  きつくいいたかったが、涙目になっていたから説得力はなかった。 「こんな……僕ばかり……やぁ……」  ふわっと足が浮いた。僕は反射的に目をつぶり、手に触れるところ、ザックの袖かどこかを掴んだ。空気をかきわけるようにふわふわと運ばれて、背中が柔らかいものに当たる。目をあけると見慣れた天蓋があった。離宮のザックの寝室だ。  僕は自分の体をみおろしたが、触られるだけでたちの悪い快感をもたらしていた痣はどこへいったのか、見える範囲にはなかった。そのあいだもザックは僕の体にまとわりついている布をとって放り投げ、服を脱いだ。岩壁を登るために鍛えられた冒険者の体に僕はいっしゅん見惚れたが、すぐに視界をその体で塞がれて、見惚れるどころでなくなった。  のしかかってきた体は熱かった。足を猛々しく主張するものがこすって、腰の奥が期待にきゅっと疼く。太い腕に導かれるままうつぶせになると、髪をかきわけるようにして濡れた舌が僕の背中を舐めた。長い指が尻のあいだをまさぐり、繊細な割れ目をたどって、押し広げる。  とたんに体じゅうが溶けるような感覚がやってきて、僕は敷布に顔をつっぷしてうめいた。 「あ――」 「痣がここに」 「そ……んな……馬鹿な――あふっ…あん……いやぁ……」  闇色の痣は媒介となって僕とザックの経脈をつなげる。すこし触られただけでこんなに……感じてしまうのはきっと……そのせいだ。  容赦ない指の動きにつれて、僕の中のずっと奥の部分まで渇望でうごめいていた。もっと――と思ったとたん指はゆっくり後退していき、僕は置いてきぼりにされたせつなさに小さくうめいた。うつぶせのまま無意識のうちに膝をつき、尻を持ち上げて揺らす。 「ザック……」  息を飲む小さな音とともに、待ち焦がれていた手が戻ってきた。それはいつのまにか濡れていて、とろりとした感触で僕の中をさらに押し広げた。アディロの油でつくった潤滑剤の甘い香りが鼻をくすぐる。また指がするりと抜けたが、何を感じている暇もなく、もっと太いものが僕の中へ入ってきた。  ザックが長い息をつき、ゆっくり僕の中を押し開いていく。指とはくらべものにならない甘い衝撃が襲ってくる。ザックの雄は僕の中をすこしずつ進み、甘く揺さぶりながら奥まで来て、一度止まった。  僕の中の襞がねだるようにきゅっとザックを締めつける。前に回ったザックの手が僕のそれを持ち上げ、自分の動きにあわせるようにそっと握った。やわやわと弄られて、両方の快感に涙がこぼれても、ザックはまだやめない。 「んっ、んっ、ああっ」  もう一度、ぐっと奥を突かれたとたん、甘い衝撃は苦しいほど激しい快楽の波になって、僕を何度も揺さぶった。膝の力が抜けた僕をザックは両腕で抱えるようにして何度も突き上げる。ついに彼が果てたとき、僕ももう一度達して、白濁をこぼしていた。  余韻に浸されるまま目をとじて、横たわったザックの肩に頭をもたれる。ひたいに垂れた髪をザックはそっとかきあげ、そのまま僕の頭を撫でた。眠気がとろとろと襲ってきたが、抵抗する気にはなれなかった。故郷のあたたかい海に浮かんでいるようだった。

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