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全てを洗い流し、バスタオルで体を拭き終わると、私はそれを腰に巻いてベッドへと戻った。
「待ってて」
そう言葉を残し、ルカが驚くほど大きな音を立てて扉を閉める。その後部屋の中には、水流がシャワー室の壁や扉に当たる音だけが響いた。
ルカの顔はどこか影のあるものに見えた。それは、この部屋の薄暗く青い照明のせいだと思っていたのだが、シャワー室の明るいオレンジの照明の下で見ても、その印象は変わらなかった。
瞳は少し青味がかっている。そう言えば色も随分と白い。ハーフなのだろうか。眉も、髪の毛ほどではないが、淡い色をしていたのだ。茶色い髪は、あの淡い色の髪を茶色く染めているのかもしれない。
目尻は少し下がり気味に顔の外側へと流れていたが、そこから受けるはずの人懐っこさや優しさという印象は、すっきりとした顎のラインと変化に乏しい表情のせいで、正反対のものになっている。上品に見える薄い唇や、小さくもツンと立っている筋の通った鼻も、彼が身に纏っている冷たさや近寄り難さを強めるものでしかないようだ。
全てを拒絶して生きてきた――彼からはそんな印象を受けた。
※
シャワーで火照っていた体が部屋の空調の冷気ですっかり冷たくなっていた。
己の存在理由を見失い、半ば自傷的に入ったこの店で、私が買った三○分という時間の半分近くが過ぎようとしている。別にそれでもよかった。このまま何も起こることなく、彼がただ私の時間をシャワー室で潰していったとしても、価値無き私の生が、価値無き行為に消費されたに過ぎないのだから。
価値無き物は何も生み出さない。それを、確かめに来ただけなのだ。だからそうなったとしても、私は目的を達して、また無価値な生へと戻っていくのだろう。
だから、それでもいい。そう思った時、まるでそれを見計らったように、シャワー室から聞こえていた水音が止まった。バスタオルで躰を軽く拭く音が聞こえ、シャワー室の電気が消えた後、扉が開く。その時間は、シャワーに掛けたものからすれば驚くほどに短かった。
あれほど隠すような仕草を見せていたのに、シャワー室から出てきたルカは何も身に着けておらず、躰を隠そうともしていない。両腕をだらんと下げ、見下ろすように私の前に立った。
目の前には、ちょうどルカの臍 がある。脂肪がついていない腹に付着した少し縦長の黒い穴。そこから細い影が上へと立ち上がり、左右の肋軟骨が作る深い縁と合流しながら、さらに首へと伸びていた。あばら骨の一本一本が作る影は、強い風に寄せる|波面《なみも》のようだ。
ルカの顔を見る。しかし、青い照明が作る影が、その表情を隠していた。
自分の躰を私の顔に触れるほどに近づけ、私の頭に右手を置く。まるで、フィレンツェの宗教壁画のように。その指に力がこもり、私の顔を彼の下腹部へと誘 うと、穢れを知らぬような百合の蕾が私の目の前に現れた。その根元を包んでいるべき陰毛は全くない。まるでそれらを全てシャワー室で洗い流してきたかのようだった。
「舐めて」
彼の言葉が、部屋に響く。
「なぜ?」
その行為にどんな意味があるというのだろうか。私には分からなかった。女性に快感を与えることにより、膣に粘性のある液体が分泌され、その後の生殖行動を潤滑なものにするというのなら、理解できる。
しかしルカが要求していることは、人間という種に対して何ら貢献をしない行為である。私の生がそうであるように。
「舐めて」
再びルカの言葉が響く。はっとして、ルカを見上げた。顔は前を向き、その瞳だけを下に向け、私を見下ろしている。口元には笑みも不満もない。ただ無表情でその言葉を告げたのだ。その口調は、強制でも命令でも懇願でもなく、まるでそれが予定された運命を告げるものであるかのようだった。
その言葉に、首 を垂れる百合の蕾へと再び視線を向ける。しかし、口を開けることは躊躇われた。私の心に躊躇いが生まれたのだ。全てが無意味であり、ならばどのような行為も恐るるに足りないと思っていた私が、目の前にあるルカの蕾を口に含むことに躊躇いを感じている。それはまさに、越えてはいけない境界線であり、入ってしまえば二度と戻ることのできない門の入り口であるように感じられた。
「なぜ?」
そこに、意味を感じたからだ。生を感じたからだ。無意味であれば、躊躇う理由などどこにあるというのだろう。
「舐めて」
ルカの口から三度 、同じ言葉が発せられる。それは私の耳に、天使の祝福のようにも、悪魔の囁きのようにも聞こえた。その旋律が、私の魂を揺さぶっているのだ。
この躊躇いの向こう側に何があるのか知りたくはないのか、と。
その声に操られるように、その百合の蕾に手を添える。僅かな湿り気を纏う様が、朝露に濡れながら開花を待つ姿のように思われた。それを口に含み、そしてその雫を味わうように、先端に舌を這わせる。
ルカが一つ、身じろぎをした。
それは天国へと続く狭き門なのか、それとも地獄へと堕ちる広き門なのか。
その答えを、この青年は私に教えてくれるのだろうか。
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