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3 この子は如何なる者にか成らん

 扉の向こうに、ボクを指名してきたという男がいる。それが誰なのか、見当つかない。  店にやってきた男に、奥寺はボクができるプレイに制限があることを説明したらしい。でもその人は、「別に構わない」とだけ答えたとか。 ――九〇分なんて、間がもつのかな。  普通なら、フルサービスも可能な時間。ただ、憂鬱さだけが、ボクの頭を支配してる。  セーラは「なんかあるようなら、我慢せずに部屋から出てくるんだよ。アタシが何とかしてやるから」と送り出してくれたけど、奥寺は「折角指名してくれた客なんだ、逃がすなよ」なんて言ってた。  別に、指名もお金も欲しいわけじゃないのだけど、奥寺には分からないんだ。  プレイルームへの扉を開けようとして、手が止まる。コップとおしぼり、そしてタイマーを入れたバスケットを抱え直し、ノブをひねった。  扉をゆっくりと開ける。三十くらいの男がスーツ姿でベッドに腰かけているのが目に入った。黒髪、ミディアム、そしてセンターパート。エリートぶった小綺麗さ。細身ではあるが、痩せてるというより引き締まったという感じの体つきをしている。  その男は、青い照明の下で、じっと何かを見つめていた。何を……なのか、分からない。ボクが入ってきたことにも気づかず、口元に手を当て、ただ、何かをじっと見つめている。  どう声を掛けていいか分からなくて、ただ「ルカです」とだけ口にした。男がわずかに顔を動かす。しばらくボクを横目で見た後、「こんにちは」と口を開いた。  見覚えのある顔。客の顔を覚えようとはしてないけど、さすがに一昨日の客の顔くらいは分かった。  備え付けの冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出し、男の横に少し間を開けて座る。小物置きの上にペットボトルを置いた。バスケットからコップを取り出そうとして、男と視線が合う。手からコップが床へと転がった。 「あっ」  思わず出た声を飲み込み、コップに手を伸ばす。でも、ボクの手がコップに届く前に男がそれをつかんでしまったので、そのまま男の手に触れてしまった。氷にさわったような感触。慌てて手を引っ込める。 「はい」  男が、拾ったコップをボクに差し出した。顔に浮かんだ微かな微笑みが、ボクの心の中を逆なでする。まるで、きれいな場所から澱んだ水たまりを見つめているよう。  奪い取るように受け取ったコップをバスケットに入れ、冷蔵庫の上にあった予備のコップを取りに行く。振り返ると、男はボクをじっと見つめ続けていた。  何もかもが見透かされているような、そんな居心地の悪さを感じる。  また男の横に座り直したけど、さっきより少し距離があいた。コップにお茶を注ぎ、小物置きの上に置く。男は「ありがとう」と言ったが、コップを手に取るそぶりは見せなかった。  無性にこの男を穢したくなって、それをぐっと我慢する。男の目を見ながら『指名、ありがとう』と言おうとして、全く違った言葉がボクの口から出ていった。 「なんで、また来たの」

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