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『なぜ、また来たの』
客、それも自分を指名してくれた相手に、言うことじゃない。それは分かってる。でも、言わずにはいられなかった。
ボクの喉の奥で、ボワボワとした軽いけど邪魔にしかならない毛玉のようなものが大きくなっていく。
それは何?
分からない。でも、この男を前にすると感じる居心地の悪さが形になっているようだ。吐き出したいのに吐き出せない、そんな、気持ちの悪さ。
「来てはいけなかったのかな」
男が少し困ったような顔をした。
「別に」
彼の目を見ながら、一言だけ返す。男の視線が、居場所がなくなったかのようにボクの目から外れた。
気持ち悪さを紛らわせるために、めくれていたネグリジェの裾と、落ちそうになっていた肩ひもを直す。
「でもボク、手でしかしないよ。フェラもAF もNGだけど。受付の人に聞いたよね? 本当にいいの? コース受けたのお店のミスだし、チェンジしようか?」
言葉を、息も継がずに投げかけると、外れていた男の視線がボクに戻った。その瞳の中から戸惑いも困惑も消えていることが、ボクを少し驚かせる。
「いや、今日は君に会いに来た。だから、そのままでいい」
男が微笑んだ。しかし、どこか空虚。
「ボクに? なぜ?」
「なぜ? 君に興味を持ったから、かな」
空々しい、相手の気を引くためだけの陳腐な言葉。なんてつまらないんだろう。
「ふうん、お兄さん、ああいうプレイが好きなんだ」
喜ばせるつもりなんて、なかったのに。
時々いるのだ。この店に『男』を買いに来る客が。この男もその類なのだろう。なら、ボクを気に入るのも、分からなくはない。
ボクは――男だ。
ずっと感じていた居心地の悪さがすっと消える。
しかし男は、少し眉を寄せ、記憶を呼び戻そうとするように、視線を天井に向けた。
「どうだろう、好きとか嫌いとか、そういうものでは無かった、と思う」
まるで、映画のワンシーンについての感想を言っているようだ。
「それより」
男がボクに視線を戻す。
「それより?」
「こういうお店で働いている子は、みんな『女の子』なのだと思っていた」
彼の言う『女の子』というのは、『心の性別』を指すのだろう。
「ボクは男だよ。お兄さんはそれがいいんでしょ?」
話は終わり。プレイの準備をと、ネグリジェを脱ぐために、肩ひもに手を掛ける。
「君は君だ。それ以外の何者でもない」
しかし男は、ボクのことをじっと見つめたまま、そう言った。
居心地の悪さと気持ち悪さが、またぶり返してくる。男を思わず睨んだところで、自分の手が無意識の内に胸元を隠していることに気付がついた。
慌てて手を下ろす。
「脱がせて」
立ち上がり、男に背を向けた。
気に入らない。この男の何もかもが気に入らなかった。
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