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男の背中。触れると、無駄な肉がなく、筋肉が骨をがっしりと包み込み、皮膚を盛り上げているような感触が手に伝わってくる。それが嫌で、背中を洗い流すのを早々に終わらせた。
かと言って、正面を向かせて男の胸を洗っても、その嫌さは変わらない。自分の、骨と皮しかないような体がより一層貧相に見えてしまう。
ボディーソープを手に取り、男の陰部につける。一通り、適当に洗って、「いいよ、出て」と声を掛けた。
「今日は、簡単なんだな。うがい薬はつけないのか?」
男がボクに不思議そうな顔を向ける。それがボクの神経を逆なでした。
「別に、咥えるわけじゃないし」
そう言ってバスタオルを渡す。そうか、という言葉を残し、男はシャワールームから出ていった。
一秒でも、彼と一緒にはいたくなかった。男というものが何なのか、嫌というほど見せられているような気がするから。
これまでの客に、こんな思いを抱いたことなかったのに。彼と似たような体つきをした客もいた。でも、こんな気持ちにはならなかった。
なぜ?
彼がボクを、女とも、性処理の人形とも見ていないからだ。それが、その瞳から伝わってくる。
気に食わない。その気に食わなさが、ボクを男じゃなくさせる。そのことが、居心地の悪さと気持ち悪さを加速させてるんだ。
ボディソープを手に取り、体に付けた。タオルは使わず、手で体を洗っていく。
贅肉もないが筋肉もない。ただ硬いだけの無機物。
あの男の肌は少し濃い目の色をしていた。ボクの肌は真っ白。確かに、ほとんど外には出ないから、日焼けとは無縁だ。でも、それだけじゃない。
この肌と、この心のせいで、ボクは……
もう一度、ボディーソープを手に取る。そして、毛の生えていない陰部へと塗り付けた。
ボクが男だという証。しかし、手に触れた瞬間、全身に悪寒が走る。
穢れ……これは、穢れ。
洗っても、洗っても、穢れが取れない。ボディーソープのポンプを何度も押し、手のひらの上に溜まったものをまた、ボクの下腹部から伸びる得体の知れないものに塗り付けた。
ボクの肉体の中で唯一といっていい、ただぐにゃぐにゃとしているだけの軟らかいもの。この皮の内側には、ボクが背負う全ての穢れが詰まっている。
なぜ……なぜ、こんなに擦っても、この穢れはとれないの?
汚い、汚い、なんで、こんなに、汚い!
と、後ろで、シャワールームの扉が開く音がした。顔だけ後ろに向けると、男が入り口に立っている。何の温かみもないが、冷たさもない。対象物を、ただ客観的に見るだけの目が、ボクを見つめていた。
「何?」
「いや、叫び声が聞こえたから」
シャワー室の照明が、男の肉体を濃いオレンジ色に染めている。部屋の中の青白い光の中に沈んでいく夕日みたいに。シャワー室の照明を消せば、黄昏が訪れるのだろう。
「もう少しで終わるから、待ってて」
男は、分かったと一言口にして、扉を閉めた。
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