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 青白い光が淡く満たすだけの薄暗い空間を、見知らぬ人物と共有することがボクの仕事だ。まだお店で働き始めてから三ヶ月しか経っていないけれど、不安に思ったことなど一度もなかった。  そのはずなのに、今はなぜこんなにも不安な気持ちになっているのだろう。  その理由の一つは分かってる。今ボクの横に座っている男が、肌が触れあう程の距離にいても、ただ前を見つめるだけで何もしてこないからだ。  普通、部屋に二人きりになれば、客は何らかの反応を示す。恥ずかしがってもじもじしている客もいるにはいるが、反応の大半は、ボクを抱き寄せるか、体を触るというものだ。中には、いきなりボクの下腹部へと手を伸ばす客もいた。  しかしそれは、やり場のない性欲、もしくは性的嗜好をボクで解消しようという、極めて本能的な行動でしかない。だから、盛りのついた動物をあやしなだめるだけでいい。究極的には、射精さえすれば客は満足して帰っていく。  ただし、十分に満足させてはだめで、物足りなさが残るように帰す。そうすれば、その客は別の刺激を求め、別のコンパニオンを指名するだろう。ボクの仕事はそうすることであり、リピーターを作ることじゃない。  なのに今ボクの横に座っている男は、またボクを指名してきた。それも九〇分というロングタイムで。ボクのものを咥えさせ、そして吐き出した精液を飲み込ませただけなのに。  そこでふと気付く。なるほど、そうか。 「もしかして、こないだみたいなプレイが好きなの?」  その言葉に、マタイが横目でボクを見た。こうして近くで見ると、意外にまつ毛が長い。切れ長の目は鋭さを感じはするけれど、クールというよりは、冷めているように見える。  鼻筋が通っていて、体だけでなく顔にも無駄な肉は付いていない。黙って立っているだけで、女がいっぱい寄ってきそうな顔だ。でも、男に興味があるんじゃ、言い寄った女は片っ端から振られているんだろうな。 「別に、恥ずかしがらなくていいよ。ここじゃ、舐めたい、飲みたいって客も普通にいるし」  お店にいるコンパニオンはあくまで「女らしさ」を売りにしている。女性にはない女らしさ、と言えばいいんだろうか。客の多くはその「女らしさ」を買いに来ているのかもしれない。  でも一方で、陰茎が好きな客もいる。それは、「男を求める」というよりは、「女の中にある男を求める」ということなのかもしれない。それか、「男の中にある女」かもしれないけど。  そこにある「両性の具有」というユニークさが、客を惹きつけているんだろうか。  結局、どれをとっても「かもしれない」としか言えない。ボクには、そんな気持ちはわからないから。  この男も、そんなユニークさを買いに来たのだろうか。  プレイの為にベッドから立ち上がろうとすると、マタイがボクの腕を軽く握り、とめた。手のひらの冷たさが腕に伝わる。  マタイの顔を見る。感情のこもっていない目、何もかも見透かしているような目がボクに向けられていた。  この目を見ていると、無性に穢したくなる。こないだのように。  この男が苦悶の表情を浮かべながら、慈悲を乞う様子を想像し、そしてそれを頭から振り払った。  なぜそんな気持ちになるのか、自分でもよくは分からない。  仕方なくまたベッドに体重を預ける。するとマタイの腕がボクから離れた。  本当に、この男は何がしたいのだろう。クレームを付けに来たのではなさそうだけど。 「もしかして、こないだのこと、怒ってるの?」 「怒る? なぜ」  店長に迷惑をかけるわけにはいかないから一応確認をしてみたが、ボクの質問にマタイは意外そうな顔を見せた。 「いや、初めての客相手にするプレイじゃなかったかなって」 「君にどうしたらいいかを教えてくれるよう頼んだ。その結果の行為なら、怒る理由はない」  マタイが表情を変えたのは一瞬だけだった。また、どこか悟ったような顔に戻る。 「あ、そう」  少し肩をすくめて見せた。  どうも、マタイは理屈っぽいようだ。怒ってるわけじゃないなら、それでいいのに。 「ということは、初めての客には、あのようなことはしないのか」  マタイは、あごに手を当て、視線を天井へと向けた。前のプレイを思い出しているのだろうか。 「えっと、さすがに初めての人には。というか、嫌がる人もいるし、それに、本当はオプションで、有料だから、頼まれないと、しない、かな」  そう説明すると、マタイは少し驚いたような顔をボクに向けた。 「有料?」 「うん」 「何が?」 「えっと、射精()すの」 「君がか?」 「ボクが、というか、コンパニオンが」  ボクの答えに、マタイは鼻を響かせるような音を立て、今度は床に視線を向けて考え始めた。

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