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4 門を叩け、さらば開かれん

 感じたままを口にするということが、どんな結果を引き起こすのか。それを知らないわけではなかったが、身についた行動癖というものはまさに本能行動がごとく取り除くことができないようだ。  ルカがなぜ怒り、私の顔にお茶を浴びせかけ、私を部屋の中に一人残して出て行ったのか。その理由は私にはわからないが、少なくとも私の言葉が彼をしてそうなさしめたことは事実だろう。  ドアは無造作に開け放たれていて、店の廊下が薄暗い照明で赤黒く染まっているのが目に入る。色は違えど、部屋の中にしても店の通路にしても、なぜこうも薄暗くしてあるのか。そこに何か秘め事のようなものがあれば、人は自然に隠したくなる。その本能が故、照明が暗くなるのだろう。  ルカがそのまま戻ってくるとは到底思えない。籠に入れてあった服のうち、まずはブリーフを、そしてズボンをはいた。  ふと、別の籠に入れられているルカの下着が目に入った。紺色の女性ものの下着。シルクだろうか、弱い照明の中でもてらてらとした光沢を放っている。  どうせ脱ぐだろうに、なぜわざわざ下着を身に着けるのか。この下着は本来の目的を離れ、ただ脱がされるためだけに存在している。それは、この部屋の中で行われる行為をまさに象徴しているようだ。  男性スタッフが一人、慌てた様子で部屋に入ってきた。しかし、私がまだ上半身裸であるのを見て、また慌てた様子で部屋から出ていく。  ドアの向こう側から、申し訳ございませんという謝罪の言葉と、しばらく待つようにという懇願めいた言葉が繰り返された。  アンダーシャツ、そしてワイシャツに腕を通しボタンをかけていたところで、再びドアが開く。目をやると、一人の女性が立っていた。いや、多分、女性では無いのだろう。  腰まで長く伸びた黒髪は、癖もなく艶としている。化粧はうっすらとだけしているようだが、どこか幼さの残るルカとは違い、顔の横から顎にかけて肉が締まっていて、美人と形容するに相応しいように見える。しかしその美しさにはどこか不自然さが重なっていた。  そのコンパニオンが、セーラと名乗る。ルカが『仕事』を途中で投げ出したことを謝罪するとともに、何があったのかを教えて欲しいとのことだった。  彼女に、ここで起こったことをかいつまんで説明していく。と言っても、お茶を飲み、シャワーを浴び、会話をした後、お茶を掛けられただけのことなのだが。  それを聞き終わると、セーラは随分と困った顔をした。  セーラが私に、返金とコンパニオンを変えてのサービスの継続を申し出たが、それは丁重に断った。  私の目的はルカに会うことであり、それが達成されたのならば、支払った額に見合った対価を私は得たことになる。返金されるいわれはなく、ましてやサービスの継続など私の望むことではない。  しかしセーラは私の返答を、怒りゆえのものと誤解したらしい。何度かのやり取りの後で、セーラはようやく私の考えを理解したようだった。 「こういうのもなんだけど、お客さん、変わってるね」  私が帰り支度をしている間、セーラは床に両膝をついたまま、私を不思議そうに見つめていた。その言葉は、無意識にセーラの口をついて出た言葉なのだろう。 「比較の対象が明示されないことには、その意見が的を射たものなのか、判断つきかねるが」  黒い革のビジネスバッグを手に取り、セーラの方を向く。彼女は、私の言葉には答えず、ただ肩をすくめた。 「ルカに伝えて欲しい。次の月曜に予約を入れるが、断ってくれて構わないと」  私の言葉を聞いて、セーラが少し困った表情を見せる。 「その要望には応えられないかもしれないよ。お客さん、こういうのもなんだけどさ、あの子のどこをそんなに気に入ったんだい」 「どこ? 貴女は人に会うのに、一々どことどこが気に入ったからと考えているのか」  私がそう応じると、セーラはまた肩をすくめ、そして立ち上がる。そのまま、私を店の外へと送り出してくれた。

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