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 青みがかった部屋の照明が、部屋の中のあらゆるものに陰影をつけている。それが終末の光景に似ているような気がして、この中で一人座っていると安息以上に憂鬱さを感じそうに思えた。  性的サービスを提供する場なのだから、雰囲気を出すためにも暖色系の照明を使うべきだろう。この照明の色に何かしら意図があるのだろうかと不思議に思った。  今から一時間以上、ここで一人時間をつぶすことになる。それを考えると、滑稽さの余り笑いが漏れそうになり、それを息に変えて鼻から吐き出した。  肌に当たる冷気は気持ちいいが、乾いた汗はどこか粘性を帯びていて、このままでは不快さが残るだろうことは容易に想像できる。  シャワー室は、店員が扉を開け放しにしたままだ。そこから漏れる橙色の光が、部屋の青い照明と混じり合い、シャワー室の入り口付近に黄昏を作っている。黄昏とは陰と陽の境界であり、逢魔が時といわれるように、そこに魔が現れるのだそうだ。  魔が陰の領域ではなく、境界に存在しているというのは、なんとも興味深い思想ではないだろうか。  陰陽の境界を越えると、光あふれる世界になった。ただしシャワー室の中は、人が一人入ればもう十分な広さしかない。そこから感じる圧迫感は、照明の色から受ける印象とは真逆に思え、また笑いをかみ殺す。  ボディーソープと口内消毒液、そしてプラスティックのコップが、小さな棚に備え付けられている。ソープを手に取り一通り体を洗うと、温めのお湯でそれを洗い流した。  そこでふと、ルカがシャワー室で叫んでいた言葉が頭に浮かんだ。穢れ、汚い、これらが指向するものは、いったい何だったのだろうか。  ルカは、私を洗う以上の時間を、自らを洗う時間に費やしていた。しかしそれは、サービスを忌諱するが故の時間稼ぎなどではない。彼は本当に何かを洗い流そうとしていたのだろう。ルカにとってシャワー室は、浄化の場なのかもしれない。  しかし、決して『男性』を穢れだと思っているわけではなさそうだ。曲がりなりにも男性相手に性的サービスを行っているのだから。  ルカは男性に対して何かしらの劣等感を感じている。初めてルカを見た時からそのような気配を感じていたが、それを伝えた時の彼の反応を見るに、その推測は当たらずしも遠からずといったところだろう。  私がルカに興味を抱いているのは確かだ。問題は、なぜ私はルカに興味を持っているのかということである。  ただ単に、職業を通して身についた私の悪癖なのだろうか。いや、そこに別の何かがあるように思えて仕方がない。  それこそが、私の知りたいものだった。自分がルカに興味を持つ理由が知りたい。  なぜ?  私は、そこに何かしらの救いを求めているのだ。しかし、その理由を知り得たとして、それが私の救いにならなかったとしたら、いったい自分はどうするのだろう。  頭を洗いたいという衝動にかられたが、それは止めておくことにした。シャワー室にシャンプーはない。髪の毛を短く刈り込んでいるのなら、ボディーソープで髪を洗う気にもなっただろう。しかし生憎と私の髪はそれなりの長さがあるのだ。  一通り体を洗い終えると、カランをひねり、お湯を止めた。そこでバスタオルを持ってきていないことに気が付く。シャワー室の中にタオル類はない。仕方なく、体に残る水滴を可能な限り振り落とし、シャワー室の扉を開けた。再び陰と陽の混じり合う領域が現れる。  そこに、ルカが立っていた。

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