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5 人もし汝の右の頬をうたば、左をも向けよ

 ルカの茶色い髪が、相変わらず首元で左右に広がっては無造作に跳ねている。前髪に隠されている左眼も、露わになっている右眼も、私ではなく左の方を向いていた。照明の光に、瞳が一瞬青く煌めく。 「はい」  ルカがバスタオルを差し出した。 「今日は、ネグリジェではないんだな」  その私の言葉には、ルカは反応を見せない。  ライトブルーの短パンの上にTシャツを無造作に着ている。左に少しずれているのか、左肩がむき出しになっていた。  袖から伸びる白い腕が、シャワー室から漏れるオレンジ色の光を反射している。まるでプロジェクタースクリーンのようだ。 「ありがとう」  礼を言い、バスタオルを受け取る。ルカは、空になった両手を自分のお腹の前で重ねた。 「会わないのではなかったのか」  黙ったままのルカにそう尋ねたが、答えを聞く前にルカに背を向け、体を拭き始める。 「まさか本当に、部屋に一人でいるためにウン万円も払ったの」  後ろから、ルカが男性とも女性ともつかぬ声でそう尋ねた。 「ルカが来なければ、そうなったと思うが」  顔、腕、胸と腹、そして下半身へとタオルを動かしていく。シャワー室の換気が働いているようで、入り口から部屋の中の冷気が緩やかに入り込み、まだ熱を持った体の表面を流れた。  ある程度の水分が拭い去られたの確認し、バスタオルを腰に巻き付ける。 「頭、どうかしてるね。そんな意味もないことに高い金払うなんて」  再びルカが、言葉を投げかけた。 「意味の無いことだと思うか」  そう言って、体ごとルカの方へと向く。先ほどとは異なり、ルカは私の目を上目遣いでじっと見つめていた。私の方が背が高いだけでなく、シャワー室が部屋の床よりも一段高くなっているから、だけではなさそうだ。ルカは意識してそうしているように思える。少し垂れ気味の目から覗く瞳には、敵意にも似た色が浮かんでいた。 「うん」 「その通り、意味の無いことだ。しかし、それ以上に意味のあるものとは何だ。人はいつか死に、その存在が消滅する。元々、全てが無意味だ」  私の言葉に、ルカが薄い唇を少し尖らせた。わざとらしく首を鋭く横に向ける。それにつられて、髪の毛が広がりながら浮き上がり、そしてまた首元へと納まった。 「しんどくないの。そんなこと考えて」  そう言いながらルカはベッドの傍へと移動したが、座る様子は見せない。 「しんどくはない。ただ、空しいだけだ」  シャワー室の入り口に敷いてあるマットで足の裏の水分をふき取り、ルカの傍に立つ。 「やっぱりイカレてるよ」  ルカがそうつぶやく。そして私の肩を持つと、力を込めて押し、私をベッドに座らせた。 「向こう向いて」 「なぜ」 「いいから」  抑揚のない声で、ルカが私に命令をする。その言葉に従い、部屋の入り口とは反対の方へと体を向けた。  軽い物同士がぶつかる音がした後、ルカが私の左手を取り、その手首に何かをはめる。そのまま背中で右手にも同じようなことをした。見なくてもそれが手錠の類であると分かる。 「プラスチックだけど、無理に抜こうとすると手に傷がつくよ」 「何をするんだ」 「ボクの望むようにして欲しいんでしょ」  投げつけるような言葉の後で、ルカは乱暴に私をベッドへと突き倒した。 「それが本当にルカの望むことなら」 「ふうん」  ルカがベッドの下からプラスチックボトルと男性器を模したオブジェを取り出す。 「その済ました顔がどんな風に歪むのか、見ていてあげるよ」  そう言うと、そのオブジェに向けてボトルを倒した。細くなった先端から粘性の高い透明な液体が、オブジェへと垂れ落ちる。それが照明を反射して青く煌めくのを見つめながら、ルカは口元に笑みを浮かべた。

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