23 / 68

5-5

 私の体を洗い終えると、大して広くもないシャワー室の中、ルカは私と場所を入れ替わる。 「洗って」  そう言って、私に背中を向けた。ソープを手に取り、ルカの背中に塗り、ルカがしたのと同じように手でルカの背中をこすっていく。  白い肌は手に吸い付くような瑞々しさを持っているが、皮下脂肪がほとんどないため、弾力に乏しい。背中側にも肋骨が肌に波模様を作っていた。  背骨に沿って下へと手を動かし、腰まで来たところで止める。 「前も」  ルカがそう言ったので、振り向くのを待っていたが、ルカは一向にその様子を見せない。 「早く」 「こっちを向かないのか」 「このまま洗って」  仕方なく、後ろから抱くようにルカに腕を回す。腹部から胸へ手を這わせると、ルカが少し顔を上げ、頭を私の左肩に預けた。 「ねえ」 「何だ」  そう返事をした途端、ルカの右手が私の頭を抱え自分の方へと引き寄せる。鼻と鼻が触れ合うほどの距離で、瞳が蒼玉のように煌めいた。 「気が済んだ?」 「何が」 「ボクが何を望むのか、知りたかったんだよね」  横に向けられていたシャワーが壁に当たる音が響いている。誰かの体を清めるために出されているはずの水が、その目的を果たさずして排水溝へと落ちていく。 「ああ」  私の中に放たれたルカの精液も、その生物的目的を果たすことなく、このシャワー水と同じ運命をたどっていくことだろう。 「教えたよ。だから、気が済んだ?」  そこに意味はあるのか。その答えには、まだたどり着いてはいない。 「いや、別のものが知りたくなった」 「今度は、何」 「自分の欲望だ」  その答えの中に、救いはあるのだろうか。 「キス、したい?」  ルカが唇を一度口の中に入れる。涼しく乾いた空気の中でわずかに色あせていた唇に、桜色の色彩が戻った。 「キスは駄目だと言ってなかったか」 「遊びならね」  ルカの指が私の唇に触れる。 「ボク、まだ誰ともキスしたことないから」  ルカが私の目を覗き込んだ。   「マタイは、何を望むの?」  ルカが何を思って、このような選択を私に迫るのだろうか。何かしら私に悪戯を仕掛けているという様子は、ルカの瞳には見られない。いや、そのことすらもルカの悪戯なのだろうか。  あれほど私に対して見せていた嫌悪は、今のルカからはすっかりなくなっている。その代わりに見せているのは、初めて会った時に私がルカの中に見た、抗いがたい従属圧力だった。 「教えてよ。ボクを欲しいと思う? それとも、やっぱり女が好きなのかな」  踏み絵にも似た問いかけが、ルカの口から放たれる。逃げることは許さないとでもいうように、ルカの中指が私の唇を撫でた。 「女も男も、好きではない」  私の答えに、ルカがわずかに眉を歪める。 「それじゃまるで、人間全部が嫌いみたい」 「人間が、男と女の二つに分けられるのなら」 「じゃあ、ボクは?」 「分からない」  身体的特徴を以って性別を決めることは極めて合理的で、簡潔である。しかしそれでは、あらゆるものが与えられた機能のみを以ってその意味や価値を決められるということになる。  そこに救いはないのだ。 「ルカはどうしたい」 「ダメだよ。今は、マタイがどうしたいかを言う番」   それはまるで、信仰の告白を迫るようであり、もしくはくぐるべき門の選択を迫るようでもあった。  これでルカに会うことを終わりにし、再び無意味な日常生活へと戻れば、安穏な人生を送ることができるのだろう。しかし私には、その選択が広き門のように見えてならなかった。  力を尽くして狭き門より入れ。その向こう側にこそ、見出すべき真実(イデー)がある。  ゆっくりと、唇をルカに近づける。そこでルカが私の口を押さえた。 「ずるいよ。それじゃ、ボクが逃げるかどうかを試してる」  あらゆる逃げ道を閉ざし、ルカは私の前に立っている。私の魂の奥底で揺れる渇望が、胸を焼き尽くすように燃え広がるのを覚えた。  ルカの手首を握り、壁に押し付ける。そのまま有無を言わせぬ勢いで、私はルカの唇を奪った。

ともだちにシェアしよう!