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「人探しって」  それが顔に出てしまったみたいだ。マタイがボクを見て少し不思議そうな表情を見せている。 「人を探すことだが」 「そんなこと解ってるよ。どんな人を探すの」 「そうだな。失踪、生き別れ、もしくは隠し子といったものもある。それがどうかしたのか」  変なところに興味を持ったと思われたかもしれない。  一度だけ深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。そしてマタイの方へ手を上に向けて差し出した。 「なんだ」 「スマホ。貸して」 「なぜ」 「いいから」  心持ち顔を上げ、見下ろすような視線をマタイへと送る。マタイはしばらくボクの目を見つめていたが、少し眉を動かした後、バッグからスマホを取り出す。一度だけスマホに目をやると、ボクに手渡した。  何の模様も入っていない黒い革のケースは、全く飾り気がない。らしいといえばらしいような気がする。カバーを開けると、黒いスマホが現れた。  ボタンを押すと画面が表示される。濃紺の背景に白い斜線が何本か入っただけのロック画面に、数字が映し出される。 「パスコードは?」 「仕事には使っていない。見たところで何もないが」 「何もないなら、見てもいいよね」  そう返すと、マタイは軽く肩をすくめた。 「○二一四だ」 「バレンタイン?」  そう訊きながら、番号を入力する。ロックが解除され、アイコンが並ぶホーム画面が映し出された。 「誕生日だ」 「へえ。似合わないね」  誕生日プレゼントとイベントの贈り物、それらを一度で済まされると損をした気分になる。マタイは、女性からチョコレートをもらうんだろうか。そのシーンを思い浮かべてみるが、はっきりとしたイメージにはならなかった。  横に連れて歩くのに見栄えはしそうだけど、この調子で三〇分も話せば大抵の女性は嫌になるんじゃないかな。  スマホを操作し、マタイに返す。 「はい」 「何をした」 「ロック解除のパスコードを変えただけ」  そう答えると、マタイはやれやれといった風にふっと鼻から息を吐いた。 「何番だ」 「一、二、二、四」  ボクの言葉に合わせ、マタイが数字を入れていく。無事ロックが解除されたのを見ると、そのままカバンの中に入れてしまった。  その動作と一緒にマタイの体の筋肉が、背中や肩、そして腕で盛り上がる。筋肉質ではないが均整の取れた体に、少し触りたくなった。心臓が一つトンと音を立てる。  そっと指を伸ばしてみるが、マタイはそんなボクをじっと見ているだけだ。二の腕を押すと、弾力に指が押し返された。  また心臓がトンと音を立てる。 「イブが誕生日なのか」  マタイが尋ねる。そうだったら、とてもロマンチックなのに。 「ボクが捨てられた日」  そう答えてから、マタイの目を見た。その瞳には戸惑いの色が浮かんでいる。 「誰に」 「サンタクロースじゃないのは確か」  マタイの戸惑いが一層強くなった。ホントかウソか、判断しかねてるんだろう。ボクの言葉には応じず、次の言葉を待っている。 「母親だと思う。捨てられたのは赤ん坊の時だし、話に聞いただけだから」  こんな話を聴かされても、大変だったんだなとか言いながら、心の中では可哀想になんて思う以外できないよね。 「父親は」 「誰かも分かんない。母親、デリヘルで働いてたんだって。子供ができちゃって、産んだ子供を店に置き去りにして消えたってさ」 「誰に聞いたんだ」 「ここのオーナー。昔、そのデリヘルで働いてて、ボクを引き取ってくれた」 「その人がルカの父親ではないのか」 「女の人だし」 「そうか」  マタイがボクから視線を外し、壁を見つめる。ボクをどう慰めようかとでも考えているんだろうか。でも、ありきたりな言葉で繕われても、冷めるだけだよ。  なぜこんな話をしてしまったのだろう。誰にもしたことなかったのに。少し後悔する。 「もういいよ、忘れて。同情とか、いらないし」  いつか、サンタクロースが母さんを連れてきてくれる。そんな希望が幻想でしかないと分かったのはいつ頃だったっけ。顔も分からないから、連れてこられても母親かどうか分からないしね。  もしかしたら、ボクがプレゼントそのものなのかも。貰っても迷惑なだけ、嬉しくもなんともない贈り物。サンタクロースが、子供にあげたプレゼントを回収しにきたなんて聞いたことないし。 「そのような立場になったことはない。だから、同情も共感もできない」  マタイの言葉に、ボクの意識がこの部屋の中に引き戻される。クーラーから吐き出されていた冷気の風が、その力を失ったように止まった。ボクが吐き出す吐息の音だけが部屋に響く。 「そ、そう」 「その母親は、白人だったのか」 「え、あ、うん」 「そうか」  そしてまた言葉の無い時間が訪れる。客にこのことを言うと、大抵の人間は興味を持って根掘り葉掘り聞いてきたものだ。でもマタイは、それで終わりだった。  そこではっとなった。ボクは何を期待してたんだろう。もう何かに何かを期待するのを止めたはずだったのに。喉の奥から、笑いが込み上げてくる。それをかみ殺すために、ベッドから立ち上がった。 「着る」  脱ぎ捨てていた服を拾う。まずはTシャツ。少し大きい。そして男性用のブリーフ。最後に短パン。全てを身に着けてから、マタイを見下ろす。マタイは冷ややかともとれる表情でボクを見上げていた。 「着ないの」 「ああ、そうだな」  そう言うとマタイは、服を着始めた。

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