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7 己を愛する者を愛せばとて、何の嘉すべき事あらん

 会話が途切れた後、何となく言葉が見つからなくて、そのまま黙ってそうめんを食べ続けた。セーラも空気を感じ取ったんだろうか、お皿からそうめんが無くなるまでもう何もしゃべらなかった。  テレビの音も流れていない。ただ二人の食事の音だけをBGMにする食事ではあるが、普段は一人分しかない音量が二倍になるというだけで、不思議と賑やかに感じる。  最後の一口を食べ終え、椀の上に置いた。先に食べ終えていたセーラが、ボクを見て微笑む。 「ごちそうさま」 「はいよ」 「片づける」  椀の中に残ったつゆを大皿に空け、その大皿と二つの椀、そして箸を持とうとしたが、持ちきれそうにない。 「アタシもやるよ」  そう言って、セーラが大皿を持つ。流しで軽く洗った後、食洗器にそのすべてを押し込み、スイッチを押した。唸るような音がした後、水音がし始める。 「便利だね」 「いうほど使わないんだけどさ」  ふとこぼした僕の言葉に、セーラは食洗器を見ながら笑った。 「あのね」  その横顔に声を掛ける。 「なんだい」 「今日、初めて、した」 「何を」 「セックス」  ボクの言葉に、セーラが少し驚いた風にボクを見た。 「あの客と? 無理矢理されたのかい。痛かったんじゃないのかい」  眉を寄せ、本当に妹を心配するような表情でセーラがボクの肩に手を添える。 「違う。ボクが入れたの」  そう答えると、セーラの切れ長の目が本当に丸くなったように見開かれた。セーラがボクの手を引き、ソファへと連れていく。 「話、聞かせてごらん」  ソファに二人並んで腰掛けると、セーラはボクの方に少し体を向けながら、優しげな表情でそう言った。  部屋の中には、食洗器の音が鳴り響いている。少しだけ躊躇った後、ボクはセーラに、今日あったことを話した。できるだけ細かく、マタイのこと、マタイが話したこと、そしてプレイのこと。セーラは、相槌をしながらも、ただ黙ってボクの話を最後まで聞いてくれた。  話している内に、自分自身、誰かにこの話を聞いてほしいと思っていたことに気が付いた。それと同時に、そういう雰囲気をボクが出していて、セーラはそれをすぐに感じ取って、ボクを家へ連れてきたんだということも分かった。  でも、なぜマタイのことを誰かに話したいと思ったのかは、自分でもよく分からない。  すべてを話し終えると、セーラはボクの髪をそっと撫でた。 「探偵ねえ。うちの店に来たのは、何か調べてのことなのかい?」 「そんなんじゃ、ないと思う」 「もう相手したくないなら、断ったっていいんだよ。自分が売り物なんだ、だからこそ売る相手も選ばなきゃ。お金を恵んでもらってんじゃないんだから」 「違うんだ。嫌っていうんじゃなくて」  ボクがそう言うと、セーラはボクの髪から手を放し、また話を聴く態勢に戻る。何かしらトラブルがあったわけではないということが分かったからだろう。 「ふむ。どう違うんだい」 「その人をどう思ってるのか、自分でもよくわからなくて」  そう答えて、床を見た。フローリングの上に、クリームとグレーの縞模様を描いたラグが敷いてある。その表面の凸凹が波のように見えた。   「なんだい。その客が気になってるっていうのかい」  ボクの横顔にセーラがそう尋ねる。でも、どう答えていいのか分からない。気になっているのというのは確かなんだろうけど、セーラの言う『気になる』というのは、どんな意味なんだろう。 「ねえ、セーラ。誰かを好きになるって、どういうこと?」  視線を床に落としたまま、セーラに訊いてみた。 「難しいことを言うね」  セーラはすぐにそう答えて、そのまま黙ってしまう。 「だって、セーラは誰かを好きになったことあるし。分かるかなって」  ラグの表面を足で撫でてみた。コットンなのだろうか、凸凹が足の裏をくすぐる。 「そうさねえ」 「彼氏、いたんだよね」 「まあねえ」 「なぜその人を好きになったの?」 「いや、アタシの場合、寄ってきた男と付き合っただけだからね。まあ、いい男っていやあいい男だったけど。最初は、アタシみたいな男でも付き合ってくれるんだって感じさ。でも付き合ってみるとね、何か違ってたんだよ」 「何が?」  顔を上げ、セーラを見た。 「結局、体だけの繋がりだったのさ」  表情はそうでもなかったけど、言葉の端に僅かばかりの寂しさが乗っかっている。セーラにとっては思い出したくない記憶なのかもしれない。でも、ボクを見る瞳は、やっぱり優しげだった。

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