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「セックスしたいってのは、好きとは違うの」  ふと疑問に思ったことを口にしてみる。セーラが眉を八の字に寄せた。そして目線だけを天井に上げる。 「どうなんだろうねえ。カラダだけじゃなくココロもつながる、なんて笑っちゃうような話かもしれないけどさ。その人だから繋がりたいのか、誰でもいいのか、その違いってのをアタシもまだ知らないからね」  またボクに目線を戻したセーラの表情は、困っているようにも、申し訳なさそうにも見えた。  恋と愛は違う。そんな話はよく聞くけど、その違いは語る人によって様々で、どれが正解かなんて無いみたいだ。でも、恋も愛も好きっていうことに変わりないんじゃないだろうか。  好きだからセックスしたい。セックスしたいから好き。好きじゃないけどセックスしたい。セックスしたくないけど好き。  世の中のカップルを全部集めてみたら、その全部を見つけられそうだ。  じゃあ、ボクの心の中にある思いは、どれ?  なぜボクはあの時、マタイに『入れたい』って思ったんだろう。そして、なぜボクはマタイの中に|射精《だ》した後で、どうしようもないくらいの不安を感じたんだろう。 「ルカ、化粧してみないかい」  突然セーラが口を開いた。どこにも焦点が合わずにうろうろしていたボクの目が、セーラの顔に戻る。 「化粧?」 「そうさね。やっぱり嫌なのかい?」  化粧はしたことがない。セーラはことあるごとに、しみやそばかす防止のためにもしておけって言ってくれるけど、ボク自身はその必要を感じたことがない。もちろん、日中あまり外に出ないし、持って生まれた肌の白さとまだ成人にもなってない年齢のおかげもある。けど、それ以上に、化粧というものを女性に成るための変身道具だと思っていることが大きいかもしれない。  化粧をすることには抵抗があった。女性ホルモンを飲みたいとも、適合手術を受けたいとも思ったことはなかった。  でも、と思う。今日、はっきりしたのは、ボクはマタイを異性としてみていたということだ。それをマタイは見抜いたんだろう。  ずっと、自分は男だと言い聞かせてきた。何のことはない、結局ボク自身、自分が男性なのか女性なのか、よく分かってない。  自分が何者なのか分からないという浮沈感に、溺れそうになる。何かにつかまりたかった。 「教えてくれるかな」  そうつぶやいた。セーラがふっと口元を緩め、目を細める。 「こっち、おいで」  セーラはボクの手をつかむと、ソファから立ち上がった。それにつれてボクも立ち上がる。床に敷いてあるはずのラグの感触が、足に伝わってこない。手を引かれるままに、寝室へと連れられていった。  ボクを化粧台の前に座らせると、セーラは慣れた手つきで化粧道具を用意し始めた。  鏡の中の自分の顔を見てみる。髪は染めてもいないのに茶色く、両肩のところで外側に跳ねていた。左目を隠している前髪を手で横に|梳《と》いてみる。青い目と白い肌。小学校でも中学校でも、口ではみんなうらやましいなんて言ってたけど、奇異の目で見られることばかりで、いいことなんて一つもなかった。  英語しゃべれるの? フランス語は? もしかしてロシア語とか?  目や肌に言葉が書いてあるわけじゃない。聞いたこともない言葉をどうやってしゃべれっていうんだろう。  セーラの手がボクの顔に伸び、ファンデを塗るためのパフがボクの頬を撫でる。その跡を見て、セーラが少し首を傾げた。 「どうしたの」 「色が合わないね。ルカは色白だから、アタシのじゃ濃いようだ」  しばらくの間、ボクの顔と鏡を見比べる。 「よし。化粧品、買いに行こうか」  そういうとセーラは、ボクにウインクをした。初めて化粧をする妹を見るお姉さんは、こんな表情をするんだろうな。

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