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ボクの顔に塗りかけたファンデをメイク落としシートで綺麗に拭き取ると、セーラはボクを促し、また外へと出た。そして暑く蒸せる道を駅へと急ぎ、電車で繁華街へと戻る。
セーラの行きつけのお店だというコスメショップは、地下街の一角にあった。店と通路の間には扉も壁もない。しかし店内はあふれるほどの白い照明に照らされていて、それが少し薄暗くさえ見える通路との間に、境界線を作っていた。
セーラは躊躇なく店の中へと入っていったが、ボクの足はその境界線の手前でふと動くのをやめる。それを見て、セーラが不思議そうに「どうしたんだい」と尋ねた。何でもないと首を振り、店の中へと入る。
それからは、まるでお人形さんにでもされたかのような時間が過ぎていった。すべてを知っている風な感じで、セーラと親しく話をしていた女性店員がボクを鏡の前に座らせ、いくつかのファンデを手際よく試していく。そのうちの一つが、どうもボクに合っているらしい。その店員はセーラと何度も言葉を交わしていたが、ボクの耳にはその内容は入ってこなかった。
化粧水、日焼け止めのクリーム、そしてパウダーファンデが手際よく塗られていく。顔に当たるパフの感触に戸惑いを覚える間もなく、店員が作業を終える。
鏡を覗き込んでみる。少し血色がよくなったようには見えるけど、そう大きく変わったという印象は受けない。もっと、女性らしさが前面に出た顔が現れるのだと思っていた。
「終わり?」
後ろを振り返り、セーラにそう訊いてみる。
「まだ、これからさね」
ボクの言葉に、セーラはくすっと笑った。
「ブルベね。お人形さんみたい」
「このままでもいいくらいさね。ほんと、うらやましいねえ」
「できるだけナチュラルに仕上げてみる」
セーラと店員のお姉さんは二人してボクをどう仕上げるか色々と相談していたが、どうもそれが決まったらしい。それから、ボクの顔にいくつかの化粧が施されていった。目をつむって、されるがままになる。毛の柔らかい筆が、目元や頬を撫でていった。
「目もピンクの方が良いんじゃないかい」
「これから夏だし、この子にはシャーベットブルーが合ってると思う」
そんな会話が聞こえてくる。それからまたしばらく、ボクの顔の上を筆がこそばいくらいに踊っていた。
「はい。目を開けて」
店員の言葉に、目を開けようとして一瞬躊躇する。ふっと息を吐きだし、できるだけゆっくりと、目を開く。
鏡の向こうで、異国情緒あふれる少女が、少し驚いた表情でボクを見ていた。目の周りは青白いシャドーでうっすらと縁取られていて、その真ん中には瞳が海のような深い青色で煌めいている。頬が少し赤みを帯びていて、血色がいいように見えた。唇は仄かなピンク色で染められている。
「どうだい」
セーラにそう声を掛けられても、どう答えていいか分からない。素直にそう答えると、セーラは「人に見せるもんであって、自分で見るもんじゃないからね」と苦笑した。
「とってもかわいいよ」
店員が、ボクの顔を覗き込んだ。この人もセーラと同じように、目を細めている。
「セーラもそう思う?」
「ああ、とても」
腕を組みボクを見下ろすセーラの表情は、どこか満足げだった。
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