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 化粧を落としてくれと頼んだけれど、セーラは今日はそのままでいときなと笑い、ボクが試したであろう化粧品のいくつかを購入した。ついでに服も買おうかと提案され、あまりお金がないからと大きく首を振ってみる。しかしセーラに「プレゼントさね」と返された。 「もう、誕生日は過ぎたけど」  コスメショップを出た後、セーラはどんどんと地下街を歩いていく。いらないと言っても聞き入れてくれそうにない雰囲気を全身から出していた。  興味がないと言えばウソになる。今までに着たことがある女性ものの服と言えば、仕事の時に身に着けるネグリジェしかない。  似合うんだろうか。そう思うと、行き交う人がみんなボクを見ているような気がした。少しうつむき加減になり、帽子を深く被り直す。  少し距離が離れてしまったのに気づいたのか、セーラは足を止め、ボクが追いつくのを待ってくれた。 「ルカは十八になったんだったけ」  横に並ぶと、セーラがそう尋ねてくる。 「戸籍上はね。捨てられた日を一歳の誕生日にしてるから、ほんとはまだ十八になってないと思う」  オーナーからはそう聞いた。それが本当なのかは、確かめようがない。 「ここじゃ戸籍が全てさね。年齢も、性別も」  最後の言葉の端が、力なく消え失せた。  セーラは、睾丸除去手術はすでにしているが、陰茎はまだ残している。それ以上の手術、つまり性別適合手術を行っている病院は日本にもあるらしいが、例えばタイといった海外で手術をしてもらう人も多いとか。  ホルモン治療にしても睾丸除去にしても、それをしてからは男性器の収縮が始まるため、あまり長い間その状態を続けていると、性別適合手術の際に手術が少し複雑になるそうだ。 「全部取っちまえば、戸籍も変えられるし、男と結婚もできる。手術に金はかかるけどさ」  セーラが今の店で働く理由は、手術費用を稼ぐためだ。それを話してくれた時はその後、貢いでくれる男がいりゃこんなことしなくていいんだけどねと笑っていた。 「ホルモン剤飲むなら早いに越したことないよ。けど、タマ取っちまうと、もう元には戻せないから、よく考えな」 「別に、女になりたいわけじゃないし」 「そうかい。もちろん、そのまま男として生きていくのもいいし、ついてるのが嫌ってだけなら、半分取って終わりにもできるんだよ」 「その場合、性別はどうなるの」 「戸籍上は男のままさね。でも、男でも女でもなくなる。それは少し不安定な状態かもしれないね」  セーラの言葉に、ボクはまた返事の言葉が見つからず、黙り込んだ。  取ってしまってから後悔する人も少なからずいるらしい。だから、性別適合にはカウンセラーが付くのが一般的だ。  でも、と思う。結局、自分が選択すべきことなんだろう。  しばらく会話のない時間が過ぎる。ここだよというセーラの言葉に顔を上げると、セピア色の照明が印象的な少しシックなお店が目の前にあった。  そのお店で、散々着せ替え人形にさせられる。首に細いリボンの付いたフリル付きのブラウスとチェック柄のスカートを合わせた姿のボクを見て、セーラは「うん、それでいこう」と目を見開いた。  鏡に映る自分の姿をじっと見つめてみる。コスメショップでもそうだったが、その姿に違和感は全く感じない。それが自分でも驚きだった。 「ちょっと可愛すぎないかな。どこに着ていくの、これ」  セーラに訊いてみる。デートの時に決まってるじゃないかとセーラは笑いながら答えた。  結局その服を買うことになったけど、セーラに全部出してもらうのはさすがに悪いと思い、自分のショルダーバッグから財布を取り出す。しかしセーラはそれを押しとどめた。  買い物袋を提げ店を出たときには夕方になっていた。もう少しだけウィンドウショッピングで時間をつぶした後、二人でお寿司を食べる。食後のお茶を飲みながら少しおしゃべりをし、その後セーラと別れた。

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