34 / 68

7-5

 風俗店とホテルが競うように立ち並ぶエリアの外れに、壁を少しピントの外れたような青色で塗られたワンルームマンションが建っている。その三階の一室が、店のオーナーがボクにくれた城だった。  白い壁紙と茶色いフローリング。キッチンにはグラスが三つあるだけで、お皿すらない。冷蔵庫も、テレビもない。使わないから。  部屋にある一番大きなものは、隅に置いてある紺色のソファベッドであり、夜になればそれを広げて、眠るためだけに横になる。  実際、店にいることの方が多いし、ここには夜しかいないのだから、それで事足りている。たまに本当に何もすることがない時だけここで一日中過ごすけど、することといえばソファベッドに横になるだけで、そういう時は今が昼か夜か分からなくなることもしばしばだった。  備え付けのクローゼットを開ける。ハンガーには今の季節使っているものがかかっていて、その下には冬物が入った衣装ケースが置いてあった。パラジクロロベンゼンの刺激臭が鼻をかすめる。  使っていないハンガーを手に取り、セーラに買ってもらったブラウスとスカートをクローゼットにかけた。この服を着る時が来るのか、ボクには分からない。  ふと、マタイの姿が頭に浮かんだ。それを鼻で笑い飛ばす。今度セーラとどこかに出かけるときに着よう。  部屋の壁に、鏡が無造作に立てかけてある。服を脱ぎ、全身を映してみた。肋骨が作る波模様が少し不健康そうだ。それがボクの顔に施された化粧と、どこかずれているように見える。下腹部にあるものが目に入ると、自然と顔がゆがんだ。  ユニットバスに行き、シャワーをつける。コスメショップで化粧と一緒に買ったクレンジングで顔を洗うと、鏡の中に自分の素顔が現れた。  男に戻り切れていない顔。でも、女とはどこか違う。その違う部分を、化粧は隠してくれるのだろうか。化粧をしたボクの顔を見て、マタイは何て言うだろう。  シャワーを終え、体を拭く。そのまま出ると、クーラーからの風が肌に心地よかった。出しておいた下着を手に取る。それが、仕事の時にはく女もののパンティであることに気が付いた。  なぜこれを出したのか、自分でも覚えていない。少し考えた後、そのままパンティをはいた。大きめのTシャツを着て、ソファベッドを広げる。元がソファなだけに、寝ようと思えば二人で寝ることができるものだ。電気を消してベッドの上に横になり、ブランケットをかぶった。  パンティをはいたまま寝たことは今までなかった。別に違和感は感じない。ブリーフよりも押さえつける感じが少し強いくらいでしかない。  それよりも、と思う。化粧をして、女性ものの下着を身に着け、レディースの衣装を身にまとったボクを愛してくれる人がいたとしたら、その人は一体ボクの何を愛しているのだろう。  男としてのボクなのだろうか。なら、そんな恰好は無意味だ。男の格好をしていればいい。  じゃあ、女としてボクを愛してくれるならどうなのだろう。でも、どれだけ見目格好を女性にしたところで、服を脱げば体は男でしかない。その人は、生まれたままの姿のボクを愛することができるのだろうか。  手術をして、体まで女になったら? 確かに、どれだけ体を変えても子供を産むことはできない。女になりきるだけで、女性になるわけじゃない。  でも、女性は子供を産む機械なんかじゃない。誰かがそう言ってたっけ。二人が愛し合っていればそれでいい。そういう人もいたっけ。だからそれでいいと思う。  セーラや他の人が適合手術をしようと思うのは、そういう理由からだろう。  じゃあ、ボクはどうしたいのか。  恋愛対象は、男性でも女性でもどちらでもよかった。ただ、自分は男ではいたくない。でも、女になりたいわけじゃない。  ふと思う。どうして、性別は二つしかないのだろう。  目をつむる。答えの無い疑問を考えすぎて疲れてしまったのか、直ぐに眠気が襲ってきた。どれに身を委ねると、落ちるような感覚の後、意識が途切れた。

ともだちにシェアしよう!