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 その週も、そして次の週になっても、マタイは店に現れなかった。その間化粧の練習ばかりしていたからだろうか、随分と自然なメイクができるようになっていた。  ボクのメイクを見て、セーラがいいじゃないかと褒めてくれたけど、少し複雑な気持ちになる。見せようと思っていた相手が来ないのだから。  マタイが最後に来てから、十日以上経っている。なぜ見せようと思ったのか、もう思い出せなくなっていた。 「そんな、毎週毎週来てらんないよ」  金曜日も夕方になったところで、出勤してきたセーラが、控室にいたボクにそう声を掛けてきた。今日は仕事帰りのサラリーマンがセーラを狙ってやってくる。だからセーラは金曜日、夕方から深夜にかけてのシフトにしているんだそうだ。  ボクは午前から待機していたけど、今までのところお呼びはかかっていなかった。 「そんなに、待ってるように見える?」  誰を、とは言わなかったが、セーラは分かっているようだ。 「まるで初恋をした乙女のようさね」  からかうような笑みを向けられて、ボクは「そんなんじゃないから」と睨んでみせた。ボクをなだめるように「はいはい」と言った後で、セーラが少し真顔になる。 「相手は客なんだ。本気になっても、悲しいだけだよ」 「だから、そんなんじゃないって」  言い返した口調が少し強くなってしまった。セーラは、わずかに顔を歪め、ふっと息を吐く。そして、まるで悪い男にでも引っかっている妹を見るような目をした。 「ごめん。ありがと」  慌てて謝る。セーラは、ボクの頭をぽんとひとつ叩くと、鏡台の前に座った。  このまま一週間が過ぎ、一か月が過ぎ、そして一年と経っていけば、ボクの頭の中からマタイのことは消えていくんだろうか。  サンタにも、母親にも、会ったことはない。存在するかもわからないものを待つことはやめた。でも、と思う。マタイは確かに存在している。だからボクは、意味のない期待をしてしまっているんだろう。  そんな期待、やめた方がいいと思う。つけなくてもいい傷がついてしまう。それは分かってる。セーラの言うとおりだ。いつでも切ることのできる、客と風俗嬢の関係なんだから。  分かっているのに、待つことをやめられない自分がいて、それが嫌になった。  のどの渇きを覚える。店の中に自販機はあるが、気に入ったものがない。今はジャージ姿だから、このまま外に出てもおかしくはないだろう。財布を持ち、控室を出る。 「コンビニ、行ってくる」  受付にいた奥寺にそう言って、ビルのエレベータに乗り込んだ。落ちていくような感覚の後、エレベータの床に足が押し付けられる。  ドアが開き、エレベータの外に出たところで、誰かとぶつかった。謝ろうと相手を見て、息を飲み込む。  マタイが、無感情にボクを見つめていた。白いカッターシャツにグレーのスーツパンツ姿で、相変わらず黒いビジネスバッグを持っている。 「何しに来たの」  そう言った後、ジャージ姿が急に恥ずかしくなって、前が隠れるように右手で左腕を掴んだ。 「ルカに会いに来た」  表情一つ変えずにそんなことを言うのがムカつく。 「予約、してないよね」 「仕事が何時に終わるか分からなかった。月曜にしようと思っていたが、近くに来たので寄った。どこか、行くのか」  雑居ビルの出入り口の外に、少し薄暗さが増してきた通りが見える。夕方でもまだ明るい季節ではあるが、日が傾けばこの辺りは建ち並ぶホテルの影に覆われる。それでもまだ行き交う人の顔ははっきり見えた。  平日の午前とは違い、人通りは多い。ここに入ってくる人は、どことなくよそよそしい雰囲気を醸し出しているものだが、マタイにはそう言う様子は見られなかった。 「コンビニ」 「そうか。では、また出直すことにする」  そう言うとマタイは、ボクに背中を向けた。思わずその腕を取ったが、マタイが振り返ったので、直ぐにその手を離す。 「別に、行かなきゃいけないわけじゃないから、いいよ」  エレベータのボタンを押すと、直ぐに扉が開いた。 「乗るの?」  閉まらないように手で押さえながら、マタイにそう尋ねる。ボクの言葉に返事もせず、マタイはエレベータに乗り込んだ。

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