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 味、と呼べるほどのものは感じない。どれだけ硬くなっていても、薄い皮膜で包まれた先端部分にはどこか弾力がある。それが、『味』とは違う感覚を口の中に与えている。  もう元には戻れない限界線。それを越えたような気がした。他のコンパニオンなら、客相手に普通にやっていることだ。みんな、初めての時はこんなふうに感じたんだろうか。  上目遣いに、マタイの様子を見る。その顔は、何かを我慢するように眉をひそめていた。でも、ボクが見たいのはそんな表情じゃない。  口を離し、ローションを垂らす。そして、その上にまたがると、入り口にマタイのものをあてがった。 「ゴム、付ける?」  そう訊いてみる。マタイは無言で、首を横に振った。 「性行為とは本来、受精という目的の為の手段であるはずだ。にもかかわらず、その目的が達成されないようにコンドームを使う。手段を目的と勘違いした者たちが使用する、無意味の極みだ」  マタイらしい言葉だ。でもね。 「お尻の中に射精()す以上に無意味なことなんか無いと思うけど」  それを、いまからボクたちはするんだよ。 「痛いかな」  ゆっくりと腰を下ろす。皮膚が引っ張るような痛みに、少し腰を浮かした。 「初めてなのか」  マタイの問いかけに、首を縦に振るだけで応じる。  マタイが快感に身をゆだねる時の表情を見たい。ただそれだけなら、口でし続ければいいんだろう。  でも、と思う。初めてでしかできないことだってあるよね。どうせ戻れなくなるんだし。 「男同士なら、入れるのも入れられるのも、両方できるね」  もう少しローションを足そうかと思って、やめた。息を吐き、下半身の力を抜く。もう一度腰を落としていくと、硬くなったマタイのものの先端が穴から中へと入ってきた。でも無意識に力が入ってしまい、それが押し出される。  お尻の穴に何かを入れたことなんて、今までない。でも、その感触はディルドなんかとは明らかに違っているのが分かる。どこまでも生々しく、それはまさに、生き物だ。  自分のものには嫌悪感があっても、他人のものにはそういうのがない。結局それは、欲望にまみれた生き物がボクの体から生えているということへの嫌悪感なんだろう。自分ではコントロールできないところが、本当に自分とは違う生き物のように感じられる。だから、気持ち悪い。  今だってそう。マタイのものをボクの中へ入れようとしているのに、まだ快感の片鱗すら感じてもないのに、ボクのものは痛いくらいに張り詰めている。どす黒く染まったその中身が白い皮を食い破って出ようと、頭を半分ほど出している。  理由は分かってる。マタイが恍惚とした表情を見せるのを今か今かと舌なめずりをしながら待っているから。化粧をしても、無表情を装っても隠せない、魂の欲望がこの中で蠢いている。  マタイのものをボクの中に入れてしまったら、穢れきった欲望を閉じ込めている皮が破れ、外へと放たれてしまうのかな。 「生物的に意味のないことの向こう側には、何があるの」  息を吐きながら、ゆっくりと腰を落とした。めり込んでいく、という形容がぴったりのようだ。排泄のためにあるはずの穴が、挿入によって押し広げられていく。粘膜と粘膜が擦れ合い、引き伸ばされる。  入れてるはずなのに、入ってくるという感覚が全身を麻痺させていくようだった。  痛い。多分、痛いはず。でも、生きとし生けるものが持つ脈動が、粘膜を震わせていく。その震えが体を覆う皮膚を伝い、上へ上へと昇ってきた。腰を通り、胸を通り、首を這い上がり、頭を包み込む。頭の芯が痺れる、というのはこういうことなんだろうか。  自然と顔が上を向いた。マタイの中に挿れたときとは全く別の昂揚を感じる。行為による快感ではなく、行為そのものへの昂揚。生まれ変わるような、いや、新しく生まれたような。どちらが良いとか、どちらが気持ちいいとか、比べることなんかできない、全く別のもの。  世界が違う。これが、楽園の外の世界、なんだね。

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