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 薄茶色の壁紙に囲まれたリビングには、低いテーブルとそれを挟んで向かい合った二つソファが置いてある。キッチンと隣り合わせだが、食器棚付きのカウンターが目隠しになっていて、リビングからはキッチンが見えにくい。 「なんか、応接室みたい」  部屋を見て、ルカがそうつぶやいた。 「応接室だ。ここでクライアントと話をする」  私がそう答えると、ルカはへえとだけ応じ、寝室のドアを開けた。 「ここが仕事場なんだ」  寝室にはベッド以外に本棚と作業用のデスクが置いてある。そして本棚に収まりきらない書籍や資料が床に山と積まれ、壁には様々な写真や紙が貼ってあった。 「どんな仕事だったの」  そのうちの一枚、スーツ姿の男が写っている写真を見ながら、ルカが尋ねる。 「身辺調査、素行調査、だな」  まさに今日、終えた依頼だった。個人情報の廃棄が残ってはいたが。 「なんで、そんなことを頼むの」  冷めた目で、ルカが問いかける。 「見合いの相手だそうだ」  そう答えると、ルカは鼻で笑った。 「結婚って、なんだろね」  答えるには極めて難しい問題だ。もう昔とは、結婚の意義は変わっているように思える。 「結婚をしようという人間に訊いてみなければ、分からないな」  私の言葉に、ルカがまた鼻で笑った。  ルカはもう、壁に貼っているものには興味が失くなったようだ。作業デスク、そしてベッドへと視線を移した。シングルの大きさの簡素なパイプベッドにはグレーのブランケットが掛かっている。 「ベッド、小さい」  そう言いながら、ルカはベッドに腰掛けた。感触を確かめるように、右手でマットレスを押している。 「一人ならそれで十分だ」 「今日から二人だよ」  私の言葉にルカの言葉が被さった。  どういうことか、というのは聞く必要も無いだろう。では、どういうつもりか。そう訊こうとして目線を送るが、ルカは素知らぬ顔で枕を押したり曲げたりしている。 「もっと柔らかい方がいい」 「家の人には言ったのか」  確かルカには両親はおらず、あの店のオーナーの保護下にいるというような話をしていたはずだ。 「拒否らないんだ」  ベレー帽から伸びる前髪がルカの左目を隠しており、右目だけが私を探るように見つめていた。 「拒否する理由は存在しない」  そう返すと、ルカは一つ肩をすくめてみせた。 「今は一人暮らしだから、家に人、いないし」  そしてベレー帽を脱ぎ、右手の人差し指でくるくると回し始める。 「着替えは」 「明日取ってくる」  ルカが持っているのはさほど大きくないショルダーバッグだけであり、中には財布くらいしか入ってはいないのだろう。高そうには見えないナイロン製の黒いもので、素材も色合いも服には合っていない。 「好きにすればいい」  私がそう言うと、ルカは鼻をふんと鳴らし、ベッドから立ち上がった。 「何も言わないの」 「何を」 「服」  ルカが眉をひそめる。 「そうだな。少し意外だ。そういう可愛らしい服を選びそうではないが」 「似合ってない? セーラに買ってもらったんだけど」 「いや、似合ってる」  私の言葉にも、別に嬉しそうにする様子はない。部屋を見渡し、「鏡ないんだね」と不満げにこぼした。 「玄関にある。それより、食事は済んだのか」 「夜は、食べないから」  私の問いかけにそう答えると、ルカはベレー帽とバッグをクローゼットにしまい込んだ。

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