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10 盲人もし盲人を手引せば、二人とも穴に落ちん

 いつの間にか眠っていたようだ。部屋の中は照明がつけっぱなしになっていて、空調が低い音を立てていた。  私の腕の中で、ルカが私の胸に顔を寄せ安らぎの中で寝息を立てている。まるで母親に寄り添う乳飲み子のようだ。店でのルカからはおよそ想像もつかないその寝顔に、これまでルカが置かれていた境遇に思いを馳せずにはいられない。  どのような子供時代を送り、どのような少年時代を送り、そして今に至るのか。多分、風俗店のオーナーが知っているのだろう。  しかし、それを知ってどうするというのか。いまだ、ルカの本名すら知らない。それはそれで構わないし、なんら不都合が起こることもない。名前など、便宜的につけられたものでしかなく、魂に文字が刻まれているわけではないのだから。  ルカがこれからどうするつもりなのか、本当のところはルカに訊いてみないと分からない。もしかしたら私にどうしたいか訊いてくるかもしれないが。  今が何時なのかを確認しようとしたが、動いてしまえばルカが目を覚ましそうだった。少なくとも日付は変わっているだろう。残っていた依頼は昨日終わらせてしまった。新しい依頼が来るまで待つか、それともSNSなどでこちらから探すか。  ルカの髪を撫でる。細くて艶のある髪が私の指に絡んだ。この茶色い髪と青い瞳だけが、ルカのルーツを教えてくれている。  ルカが少し声を漏らし、目を開けた。瞼はまだ重たげだ。顔を上げ、しばらく私の目を見つめる。そして、手で私の顔を撫で始めた。 「誰かがいるって、なんだか不思議」  そう言うと、ルカが私に顔を近づける。軽いキス。そしてその後すぐに深い口づけを交わした。  二人、ベッドを出て浴室に入る。小さな浴槽はあるが、シャワーだけで済ませた。  リビングに戻り、南向きのカーテンを開ける。視線の先に、駅前に立ち並ぶいくつかの大きなビルが見えた。時計はまだ早朝と呼ぶべき時間を表示していたが、外はすっかり明るくなっている。 「おなか、すいた」  バスタオルを胸に巻いただけの姿で、ルカがキッチンへと入っていく。そして冷蔵庫を開けたが、その瞬間不満げな声を上げた。 「何もないよ」 「しばらく家で食事をしてなかったからな」 「ファミレス、行こう」  聞こえるように音を立てて冷蔵庫を閉めると、ルカは脱ぎ捨てられ床に落ちていた下着を拾った。  ルカに向けて頷き、私も外に出る用意をする。ルカは着てきた女性ものの服を身に着けた後、部屋を見渡しながら「鏡は」と尋ねた。 「洗面所か、玄関だ」 「ああ、そんなこと、言ってたね」  そう言うとルカは、ショルダーバッグを持って洗面所に入る。私の準備が終わった後しばらくして、ルカがうっすらと化粧を施した顔で出てきた。  目元には青みがかった色が付けられていて、薄い唇には光沢のあるピンクが塗られていた。  私の表情を見て、ルカがどこか得意げな表情を見せる。思わせぶりに近づき、私の首に腕を回した。 「男のボクと女のボク、どっちがいい」  物憂げに半分下りた瞼の奥から、青い瞳が妖しく私を見つめている。ルカの問いかけに答えようと口を開けた瞬間、「どっちでもいいとか、ボクが決めろとかは無しだよ」という言葉に遮られた。思わず、肩をすくめる。 「どちらとも違うものが」  そう私が答えると、ルカの口元に笑みが浮かんだ。 「じゃあ、別の服を買わないとね」  ルカは軽く私にキスをすると、腕を離し、「行こうよ」と言ってさっさと部屋の外へと出ていく。唇に残るリップの微かな味を感じながら、私も部屋を後にした。

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