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結局、夕食は食べずに終わった。時間がずいぶん遅くなってしまったこと、あまり空腹を感じなかったこと、それらが原因ではあるが、ルカはそもそも夕食を食べることがほとんどないようだ。それでは体に悪いと言うと、「朝にちゃんと食べてるから」と返され、それでその話は終わった。
次の朝、目が覚めるとすぐに、ルカが荷物を取りに行くと言い出した。手伝いを申し出たが、大した量がないのとお店に寄って話をしたいから一人で行くと言う。どんな話をするのかと尋ねると、ルカは「これからのこと」と返した後、少し黙り込んでしまった。シーツをつまみ、小さな山を作り、そして潰す。そのルカの仕草は、何か言いたそうで言えないように見えた。
「どうした」
「別に。ただ」
そこでまたルカが言葉を止める。それ以上ルカを急かすことはせず、ベッドから身を起こした。
「せめてベッドをセミダブルくらいにはするべきだな」
独り言のようにつぶやいてみる。シングルではさすがに二人で寝るには小さい。毎日になるのであれば、買い替える必要がありそうだ。
「ボクが男じゃなくなっても、ほんとにいいの」
私の言葉に、ルカがそう返した。ルカの視線はシーツに注がれたままだ。
「ルカがルカのままであるなら」
「勃たなくなるかも、だよ」
「そうだな」
「出せなくなるよ」
「私がルカに求めているのは、男性でも女性でもない」
ルカが視線を上げた。外側に向けて少し下がり気味の目に、眠たげなのか物憂げなのか、瞼が半分掛かっている。
「でも、本当にそれがルカの望むことなのか、良く考えるべきだ」
そう言って、ルカの髪を撫でた。
「男を捨てるなら、早い方がいいって。考えてる時間、無いよ」
「私は、それがどういうもので、どんなことをして、その後どうなるのか、よくは知らない。ホルモン剤の投与、もしくは手術。知っているのはそれくらいだ。あの店には、そういうことをよく知っている人も多いだろう。話を聴いて」
そこでルカが、私の口に指を当てた。眉を少し中に寄せ、縋るような瞳で私を見つめている。ルカの目は、初めて見た時のような、全てを拒否し何かを諦めていたようなものでは無くなっていた。
「マタイが望むようにしたい」
ルカの言葉は、まるで全てを私に委ねるような、そんな口ぶりだった。
「なぜ」
名前すらも知らないのに。
「捨てられた命なのに、それを拾ったのは、マタイだよ」
私に全てを依ろうというのだろうか。
ルカの頬に手で触れる。吸い付くように瑞々しい白い肌は、体よりも柔らかい。
「後悔しないようにしないとな」
私の手を、ルカの手が覆った。
「しないよ」
私自身、どうするべきか分からない。ルカがここに住むのは構わない。それは可逆的な行為なのだから。しかし、私が望み、ルカが行おうとしていることは不可逆的な行為である。
絶対や永遠などない世界で二人手を取り、後戻りできない道を進もうとしているのだ。その先で、私たちは何を見るのだろう。
「わかった。帰ったら、詳しい話を教えてくれ。あと、風俗のバイトは辞めるといい」
「辞めて欲しい?」
「ああ」
「でも」
ルカの表情が曇る。困ったような表情も、初めて見るものだ。
「どうした」
「手術するなら、お金、稼がなきゃ」
言いづらかったのだろうか、ルカが私から視線を外す。
「いくらかかる」
「男じゃなくなる手術には五十万くらいって聞いた。でも、通院の費用とか、薬とかもあるし」
「それくらいは出せる」
「女になるにはもっとかかるよ」
「女性になりたいのか」
「別に。でも、マタイがそうして欲しいっていうなら」
「女性にはならなくていい」
私がそう言うと、ルカは静かに頷き、もうそれ以上その話について何かを言うことはなかった。
少しだけ、良心の呵責を感じる。結局私は、私の欲望なり願望なりをルカに押し付けようとしているのではないか。
確かにルカは、自分が男性であることに嫌悪感を抱いているのだろう。しかし、それを以ってすぐに性適合手術を行うと判断するのは早急ではないだろうか。
これが、思春期における一過性のもの、もしくはルカの生い立ちによる感情に過ぎないという可能性もあるはずだ。母親の話は聞いたことがあるらしい。しかしルカは、自分の父親について何も知らされていない。いや、父親が誰なのか誰も知らない可能性が高いのだ。
つまりルカは、父親について知らないのではなく、存在しないと思っているのかもしれない。まるで、母親が処女のまま懐妊したかのように。それが、男性への嫌悪につながっているとすれば、ルカが抱いているのは自身の性別への違和感ではない可能性もある。
しかし、私の心の奥底に眠る醜い欲望が、その可能性についてルカに伝えることを拒んでいた。
真に、男性でも女性でもないルカの姿を見たい。いったいどれほど美しいものだろうか。見たい。見たい。
喉をかきむしるような渇望を感じ、私はそれを隠すため、ルカを抱き寄せた。
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