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11 其の血は、我らと我らの子孫とに帰すべし

 電話の相手、プリティ・ローズのオーナーの依頼を受けるかどうか、私は一旦保留をした。明日、月曜の午前に会う約束をし、その後電話を切る。しかし受話器を置いた後もしばらくの間、私は受話器から手を離せずにいた。  彼女との会話を思い起こしてみる。ルカに会うなと言い、私が拒否すると今度はルカの母親を探せという。最初の話は私の何かを試すように思えたが、それが正しいかどうかは確かめようが無い。ただ、諦めが良すぎる。その気が無かったのか、それともそれを織り込み済みで、次の依頼をしてきたのか。その意図は読めなかった。  彼女の電話のせいで、どこか揺らぎのようなものが私の心の中に生まれている。ルカは今日どうするのか。喉の奥からせり上がってきたその言葉を、私は何度も飲み込み、どうにか電話を終えた。  望んではいけない。期待してはいけない。試してもいけない。あるがままを受け入れた先に、真の楽園が広がっているのだ。  ふっと息を吐き、受話器から手を離す。その瞬間、また電話が鳴った。オーナーが何か伝え忘れたことでもあったのだろうかと思い、受話器を取る。そして「又井探偵事務所です」と応じた。しかし、電話口の相手は無言のままである。一瞬、ルカからかと思ったが、受話器から聞こえてくる少し荒い息遣いが、そうでは無いことを教えてくれた。 「もしもし、依頼でしょうか。匿名で構いませんので、お聞きしますよ」  電話機のディスプレイには『非通知通話』と表示されている。これもよくあることだ。  もう一度、「もしもし」と呼びかけた直後、受話器から「間違いました」という、さほど歳をとっていない男の声が聞こえた。そして電話は切れてしまう。ビジートーンの無機音を聴きながらまた一つふっと息を吐き、受話器を置いた。  夕食の時間にしては少し遅くなってしまったようだ。ルカはまだ帰っては来ない。このまま、今日は帰ってこないのでは。そんな思いが脳裏をよぎる。  少し考え、近くのコンビニエンスストアに軽い食事を買いに行くことにした。部屋を出て、マンションの一階まで降り、エントランスを出る。その脇に、ルカが出かけた時の服装のままで立っていた。こちらに背を向け、うつむき加減で植木の方に目をやっている。今来たというような雰囲気ではない。随分と長い間、何かを待っていた。そんな感じだった。 「そこで、何をしている」  そう声を掛けると、ルカは顔を上げ、そしてこちらに振り向いた。ミディアムボブの髪が一瞬浮き上がる。 「別に」  私を見つめるルカの目は、どこか怯えたような、それでいて縋るような色を帯びていた。 「ロック解除の番号は教えたはずだが」  ルカに近寄る。するとルカは視線を私から外した。 「そうだね。でも忘れた」  そして体を隠すように、右手で左腕を持つ。 「インターホンで部屋番号を押せば呼び出せる」 「そうだね。どこ行くの」 「コンビニエンスストアだ。一緒に行くか」  そう尋ねた私の言葉に、ルカは返事も頷きもせず、私に身体を寄せた。そしてそっと私の左手を取る。それを握り、二人でコンビニエンスストアへと歩き始めた。辺りはもうすっかり暗くなっているが、熱を含んだ湿気が身体に纏わりついてくる。しかしルカの手は、少し冷たかった。 「私が出てこなかったらどうするつもりだったのだ」  歩きながら訊いてみる。 「別に。いつかは出てくるでしょ」  ルカがそうとだけ答える。このままコンビニエンスストアまで会話の無いまま歩き続けたが、着いた頃にはルカの手は少し温かくなっていた。

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