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私はカルボナーラ、そしてルカは小さなカップに入ったサラダパスタを買った。無理に食べなくてもいいと言ったのだが、ルカは昼食を食べそびれたからと答える。そこでルカの持ち物が、取りに行ったはずの荷物ではなく、ただショルダーバッグだけであることに気が付いた。
「着替えは持ってこなかったのか」
帰りの道すがら、そう尋ねてみる。ルカは答える代わりに腕を組んできた。答えたくないのかと思ったが、しばらくした後で「時間無かったから」とつぶやく。
「そうか」
そう返事をした後、言葉に詰まる。誰と何を話してきたのか。オーナーとも話をしたのだろうか。それをルカに訊くべきか。
考えあぐねていたところで、ルカが低い声で「エリカさんとも」とつぶやいた。
「それは」
「オーナーだよ」
ということは、あの電話の相手は『ユダ エリカ』という名前なのだろう。
ルカが組んでいた腕に力を込める。それがまるで、私にその先を訊けと言っているように思えた。
「どんな話をしたんだ」
「病院の話と、バイトの話。あと、部屋の話」
「何て言ってた」
そこでルカが、私の腕から手を離し、立ち止まる。もうマンションは目の前であったが、だからこそルカの行為がまるで別れの言葉を告げる気配のように思えてしまった。息が詰まる。振り返り、ルカの様子からそうではない証を必死になって探した。
「したいようにすればいいって」
ルカは私を見つめている。しかし、その青い瞳からは鋭さも強さも感じない。喉の奥で出口を探していた息を、ふっと吐き出した。
「そのオーナー、理解ある人なのだな」
電話でのオーナーの雰囲気は、そんな感じではなかった。どちらかといえば、自らの意思を尊重し、その為に様々な考えを巡らせる者のようである。
ただ話に合わせるように答えただけの私の言葉に対し、ルカは揺らぐような、縋るような目で応じた。まるで人気のなくなったアスファルトの上でじっとうずくまったままこちらをみている野良猫のようだ。
「無責任なだけ」
ルカの心の中は何かしら穏やかなものではないのだろう。しかし、その様子に安堵している自分がいて、自己嫌悪に陥る。
「その人がルカを育ててくれたのだろう」
ルカを引き取り、まがりなりにもここまで育てた人物なのだ。ただ、そのルカが店でバイトをしていることには少し首をひねらざるを得なかった。そのオーナーが勧めたのか、それともルカが言い出したことなのか。
ルカに近寄る。
「感謝はしてる。でも、あの人はボクの『親』だけど、母親じゃない。他人としてボクを育ててくれた」
「わざとそうしたのではないのか。母親が現れたときのために。ルカは、母親に会いたいと思ったことはないのか」
そう言って、ルカの腕を取ろうと手を伸ばす。その手を、ルカが跳ねのけた。
「今さら。他人が来て、母親ですって言われても、ボクにはそれが嘘かどうか何か分からないのに」
そしてルカは、一瞬私をにらんだ。まるで私がルカを捨てた母親であるかのように。しかしすぐに「ごめん」とつぶやき、視線を地面へと落とした。
「すまなかった。その話はやめよう」
ルカに背を向ける。そしてマンションへゆっくりと歩き出した。もしルカが付いてこなかったら。そう思うと、振り返らずにはいられない。それを我慢し、一歩二歩と歩みを進める。
そっと私の左手を握るルカの手のぬくもりを感じた。横を見ると、ルカが上目遣いに私を見つめている。私はルカの手を強く握り返した。
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