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 アイディーリサーチ社による調査結果を、私は知らない。まだ駆け出しの調査員だった頃のことであり、私はいくつかの手伝いをしたに過ぎず、守秘義務もあり、調査結果を知らされることはなかった。 「調査結果は、どうだったのですか」  私の問いかけに、湯田衿佳が目を閉じる。足を組み、背筋を伸ばして座る姿勢は、どこかしら彼女が歩んできた道へのプライドを感じさせた。 「もうすでに、彼女は亡くなっていました」  閉じていた目を開け、私に探るような視線を送ってくる。 「ではなぜ、彼女の捜索の依頼を私にしようとするのですか。その調査結果に何か不審な点でも」  そうしようとせずとも、私の顔には怪訝な表情が浮かんでしまったことだろう。彼女のペースに持ち込まれている。そう感じるのは、職業病だろうか。 「マルーシャは、まだ生まれて数か月も経っていないような赤ん坊を抱えて私の許に来ました。預かってほしいと。どうするのかと聞いたのですが、彼女はただ男に会ってくると言うばかりで、誰に会いにどこに行くのか、教えてくれませんでした。必ずこの子を迎えに来るからと言って出て行きましたが、結局彼女は帰ってきませんでした。そこで私は、あの子を育てることにしたのです」  弓田衿佳の口から、昔話が語られ始めた。 「なぜですか」  話を途中で遮らず、全てを話させる方がいい。そう思ったにもかかわらず、私の口からは思わずその問いかけが出てしまった。  弓田衿佳の鋭い視線がふと緩む。 「さあ、なぜでしょう。もちろん、マルーシャとは仲が良く、まるで妹のように思っていたというのもあります。でも、それ以上に子供が欲しかったのかもしれません」 「子供、ですか」 「ええ。私は、子供が産めない体なのです。子供が欲しい人には子供ができず、必要ないと思っている人に子供ができる。この世は随分と不条理ですね」  彼女の口調には、諦観じみたものが込められている。しかし、その瞳の奥底に、やり場のないまま彷徨っている槍の切っ先を見たような気がして、背筋に一瞬冷たいものを感じた。 「里親制度と言うのをご存じですか」 「ええ」 「その頃、私はもうすでに十分な蓄えがありました。何かお店でもしようと思って貯めていたお金です。私はそれを元手に会社を作り、派遣型の風俗店の経営を始めました。肩書を得て、会社を軌道に乗せる一方で、研修を受けて里親になる資格を手にしました。あの子を施設に迎えに行ったのは、それから二年後のことです」  そこまで話し終えると、湯田衿佳がソファから立ち上がった。小さなキッチンにおいてあるグラスを手にし、水差しから水を灌ぐ。氷がガラスに当たる音が小さく響いた。 「水、飲みますか」 「お願いします」  そう答えると、彼女はグラスをもう一つ取り出し、水を注ぎ入れると、それらを持ってテーブルへと戻ってきた。  私の目の前に、水の入ったグラスが置かれる。彼女の細い腕は、かなりの手入れをしているのだろう、決して色白というわけではないが、シミの無い張りのある肌をしていた。ただ、手の甲には青い筋が何本か浮かんでいて、指先には年齢とそれに比例した苦労の後が刻まれている。  私は、礼を言いながら水を口に含んだ。思いの外、喉が渇いている。弓田衿佳もグラスに口をつけた後、それをテーブルの上に置いた。グラスの縁にはうっすらと赤い跡が付いている。 「あの子には、幼いころから本当のことを話していました。私は本当の親ではなく、母親が必ず迎えに来ると。あの子はそれを信じていました」 「自分の子としては育てなかったのですか」 「そんなウソ、直ぐにわかります。顔も似ていないし、なにより彼はハーフですから。でもそれ以上に、少しだけ、引け目みたいなものがあったのかもしれません。他人の子供を奪うような、罪悪感とでも言えばいいでしょうか」  彼女の視線はグラスに注がれていた。 「それででしょうか、あの子が小学校に入るとき、マルーシャの消息を調査してもらうことにしたのです。私とあの子の関係をはっきりさせるために」  弓田衿佳は、再びグラスを手に取り、口をつける。 「自殺だったようです。それも、男と一緒に」  淡々と。本当に淡々と、湯田衿佳はそう言った。

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