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12-3
どれくらい眠っていただろうか。肌に当たる冷気に起こされ、目を覚ましてしまった時には、カーテンはすでに茜色に染まっていた。私の腕の中では、ルカがまだ微かな寝息を立てている。白絹の肌に手を触れると、思いの外冷たかった。
「ルカ、風邪をひくぞ」
軽くゆすると、ルカが不満げに薄目を開ける。
「じゃあ、温めて」
ルカの腕が私を抱き寄せた。
「もう夕方だ。シャワーを浴びて、ご飯にしよう」
「やだよ」
そう言ってルカは、ぐずっている。
「ほら、立って」
「じゃあ、お姫様抱っこしてよ」
ルカは私の首に回した腕を離そうとしない。仕方なくルカの脚に腕を掛け、抱き上げる。その体は予想以上に軽かった。
「すごいね」
ルカが少し驚いた表情をする。「ルカが軽すぎる」と答え、そのままバスルームへと連れて行った。そこで下に下ろす。ルカが不満げに鼻を鳴らした。
二人でシャワーを浴び、バスタオルを巻いただけの姿でキッチンに入る。冷蔵庫の中にあったもので簡単な夕食を作ったが、ルカはそれを不思議そうに眺めていた。
「器用なんだね」
広めの皿にハンバーグとライス、そしてサラダを盛りつけたものをリビングのテーブルに二つ並べる。
「器用も何も、サラダ以外は電子レンジで温めるだけだ」
ルカに箸を差し出したが、ルカはフォークが良いというので、キッチンから大きめのフォークを取ってきた。
「ナイフも必要か」
「いらない」
夜は食べないと言ってはいたが、流石に昼食抜きとあって、ルカもお腹が空いていたのだろう。しばらくは、出されたものを何も言わずに食べていた。しかし、半分程食べたところでフォークが止まる。
「で、エリカさんと何話したの」
そう言ってルカは、上目遣いで私を見た。
「ルカをよろしくと、そう言われただけだ」
「嘘だね」
ルカが、ハンバーグの残りを私の皿へと移す。そしてフォークでその端を切ると、フォークに突き刺し、私の口元へと差し出した。
「なぜ嘘だと思う」
そう応じてから、ルカの差し出したハンバーグの切れ端を口に入れる。
「母さんのことでしょ」
私がハンバーグを咀嚼している間ずっと、ルカは私の目を覗き込んでいた。
「どうしてそう思う」
口の中のものを飲み込み、ルカにそう尋ねる。
「エリカさん、ボクに母さんのこと、聴かせたくないみたいだから。話を振ってもはぐらかすだけだったし。だからボクも訊かなくなった。母さんの話はするなとでも、釘を刺されたんじゃないの」
そこまでを一気に言うと、ルカは自分の皿に残っていたキュウリのスライスを口の中に入れた。
「母親のことが気になるのか」
「別に」
むっとした表情を見せ、ルカが視線を私から外す。
「依頼内容は、受けなかったとしても守秘義務がある。だから内容を話すことはできない。でも、ルカのことをよろしくと言われたのは本当だ」
皿の上に増えてしまったハンバーグを、箸でつまみ口に入れた。部屋には私が口を動かす音と、クーラーの静かな駆動音だけが残る。
咀嚼したものが私の喉を通る音がしたところで、ルカが視線だけを私に向けた。
「母さん、もう死んでるんだよね」
「なぜそう思う」
「別に、何となく。皿、洗うよ」
そう言うとルカは、二枚の皿と箸、そしてフォークを手に、キッチンへと向かう。洗い物が終わった後、ルカは病院に通うことにしたことを私に伝えたが、母親についての話をすることはもうなかった。
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