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 丹羽曰く定期的に貢がれている――もといプレゼントされている『TYC』の服は八割が嘉貴の見立てで、残り二割は嘉貴の両親であり『TYC』の社長である(とおる)とデザイナーである紗英からのものだ。  家に遊びに行くのはもちろん、夏休みや冬休みに海やスキーに連れ出してくれたり、随分良くしてもらっている。それはもう、自分の親よりも遥かに。  服だって、あまりに桁が大きいものばかり渡されて恐縮したところで「凌くんに着てもらえて嬉しい」と楽しそうに微笑まれプレゼントが止まる気配はなく、嘉貴のマンションの衣装部屋は半分が凌の服で占拠されている有様だ。 「母さんには週末のお楽しみって言って説得したから。あとは凌がどれだけノーと言い続けられるかだよ」 「あー……、今週末か食事会」  すっかり忘れていた予定を嘉貴に告げられ、思わず天を仰いでしまう。  今でこそ裕福だが、元々一般的なサラリーマン家庭で育った露口夫妻は自分のことは自分でできるように、と息子を甘やかすことなく育ててきたそうだ。  嘉貴がひとり暮らしを始めるにあたり、外食やデリバリーばかりになるのを防ぐべく嘉貴の食生活の管理と料理含めた生活スキルを向上させてほしいと白羽の矢が立ったのが凌であり、その成果を見せる場がこの定期的に開催される食事会だ。 「もう結構上達してるから、いい加減やらなくてもいいとは思うんだけどねぇ」 「ばーか。こんなの口実で、息子とご飯食べたい親心だろ」 「ふふ、凌ともね」 「週末までに服の断り文句考えねぇと……」  ふたりに会うことはまったく苦ではないが、服を断れる自信がない。どうしたものかと思案する己の心に、そっと影が落ちる。  ……まったくって言うのは、ちょっと嘘か。  ちくりと痛む心臓に視線を落とした凌の首元を、白くて長い指先が掠めていく。俯いた気持ちもついでにすくいあげるみたいに。 「凌がかわいくてつい色々着せたくなっちゃうんだから、仕方ないよ」  フーディの紐を根元でリボン結びにした指先が離れていく。料理中は危ないよと一言添えながら浮かべた甘い笑顔はその辺の女性なら一発で恋に落ちてしまうし、自分もうっかり胸が高鳴ってしまった。  思わず見入ってしまいそうになる自分を下唇を噛んで律し、不服そうに苦言を呈することも忘れない。 「格好いいだろ、そこは。嬉しくねぇ。そんなのいいから、週末何作るか考えとこうぜ」 「鍋にしようよ、簡単だし」 「鍋ぇ? 具材切って入れるだけじゃん。なんか副菜作れよ?」 「副菜いらないのが鍋のいいところじゃない?」 「それじゃああんまり成果分かんねぇだろ。徹さんたちに頼まれてる以上、お前の自炊スキル向上してるってちゃんと見せないとなんだから」 「でもこの間めちゃくちゃ頑張ってハンバーグとドリア作ったんだし、今回はちょっと手抜きバージョンでいいと思わない?」 「……確かにあれめっちゃ頑張ったな」 「でしょ? ナムルときんぴら作るし、はい決定~。何鍋にしようね? ミルフィーユ? カレー? キムチ? あ~なんか鍋食べたくなってきた」 「今から麻婆豆腐の腹に戻してやるから、髪ちゃんと乾かして待っとけ」 「ふふ、はぁい。ありがとう、凌」  くしゃり。先ほど凌がしたタオルドライよりもずっと優しく、大きな掌が髪を撫でていく。  洗面所へと向かうその背中を目線だけで追いかけて、その未練がましさを咎めるようにぎゅぅ、ときつく目を閉じた。  一体、どこまでなら「友情」として許されるんだろう。  「友達」を見つめるには甘すぎるその視線に、どうしようもなく胸が疼く。  知っているんだ、お互いがお互いを憎からず想っていることなんて。そんなのとっくの昔に。  けれど決して「好き」の言葉だけは口にしない。それが――それだけが、凌と嘉貴の暗黙のボーダーラインだった。

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