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「そういえば徹さんは?」  手早く着替えリビングに戻ると、先ほどから見当たらない嘉貴の父を捜し視線を巡らせた。 「ああ、急な仕事の打ち合わせ。晩ご飯までには帰ってくるって言ってたわ」 「相変わらず忙しそうだなぁ、社長は」 「あの人はマグロよ、マグロ。働いてないと死ぬわね」 「自分で忙しくしてる節あるからね」  そう言って笑うふたりの姿に、つられるように凌も少し頬を緩める。 「まあ、あの人がいないほうが凌くん独り占めできて良いわ。ふふ、ニット似合ってるわね。かわいい」 「ちょっとかわいすぎない? 似合うけどさ」 「似合うならいいじゃない。デート服にもバッチリ! ねえねえ、コートはこれとかどうかしら? それかネイビーのチェスターとかも考えたんだけど」 「家にあるダッフルでも良いかも。ほら、モカの」 「やだ、それこそかわいい一直線じゃない。でもアリだわ」  テラコッタカラーのざっくり編みニットと黒のスキニーを身に纏った凌を見ながら、嘉貴と紗英が口々に喋る。何度聞いても呪文のようで、いつまで経っても覚えられない。 「俺も嘉貴みたいに格好いいのがいいんですけど」 「大丈夫よ、この後沢山着てもらうから!」  嬉々としてOKマークを作る紗英に、やる気に拍車を掛けてしまったなと苦笑が漏れた。  けれど多分、どんな洋服も嘉貴が着ているからこそ格好いいのだ。  今彼が着ているグレーのタートルネックも、凌が着たらきっと「かわいい」になってしまうのだろう。イケメンとは本当にずるい生き物だ。 「今日は春服メインで着て貰おうと思ったんだけど、この間嘉貴が持って帰ってくれなかった冬服でもおすすめがあってね……あら? ねえ嘉貴、二階のあんたの部屋にブルーのシャツ忘れてきちゃったわ。取ってきてくれる?」 「分かった」  ブルーのシャツくらい、そこら辺の服の山に絶対ある。そう思ったけれど、口にしたら「それじゃないのよ」と言われることも目に見えていたので素人の凌は何も言わずに嘉貴を見送ることにした。  紗英はその間も色々な洋服を手に取り、鼻歌混じりに凌に合わせていく。 「紗英さん、今日は手持ちで持って帰れる分しか貰わないからね」 「あらやだ冷たい。貰い物のハムとかお菓子も持たせようとしてるんだから、全然渡せないじゃない」 「全部気持ちだけで十分なんだって」 「じゃあ、ご飯だけ。お総菜とかもあるから、ね? ちゃんとひとりでも食べてる? 凌くん自分のこと疎かにしがちなんだから。嘉貴の面倒見るって言う大義名分で一緒にご飯食べてくれるから、あの子ひとり暮らしさせて正解だったわホント」  心配する紗英の声は「母親」の色を纏っていて、実の親にこんな言葉をかけてもらったことのない凌はいつも面映ゆい心地になってしまう。

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