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 実の父親は自分の存在に無関心で、母親からは望まない子どもだったと言われた。父親の「妻」になりたかっただけで「母親」になんてなりたくなかったと、面と向かって拒絶されたことはよく覚えている。  けれどそんな母親も、父親の浮気に百年の恋も冷めて凌が中学三年生の時に出て行ってしまい、父親も生活費の入った通帳だけを残して家に帰ってくることがなくなった。  突然のひとり暮らしに動揺はしたものの、元々ネグレクト状態で身の回りのことは自分でしていたし、住む家を提供してくれて高校に通う費用と生活費を与えてくれるだけ有り難いなと思ったので、反抗することもなくすべてを受け入れた。  そういう家庭事情もある時知られてしまい、以来露口夫妻はこうやって特別気にかけてくれている節がある。 「で? 実際どうなの?」 「何が?」 「デート。着ていく予定とかないの? こっちのジャケットで格好良くキメるのもありだと思うんだけど」 「ないよ。相変わらずバイト三昧なんだから」 「もう、ずっとバイトばっかりじゃないあなた」  高校に入ってすぐ『つばめ』でバイトを始めたのは言わずもがな将来のためだった。  父親に万が一何かあった時のためにも貯蓄があって困ることはないと、放課後にあるクラスの集まりもそっちのけでバイトに勤しんでいた。今思えば、忙しくすることで父親達の離婚や言いようのない空虚感から目を逸らしたかったのかもしれない。 「でもバイト先で運命の出会いとかないの?」 「その相手が俺だったもんね、凌は」  二階からいつの間にか降りてきていた嘉貴は、とんでもない台詞で凌と紗英の間に割って入ってきた。 「何バカなこと言ってんだよ」 「え? 本当のことじゃない?」 「あら? あんたたち学校で仲良くなったんじゃなかったっけ?」 「言ってなかったっけ? 『つばめ』で別れ話したら、水ぶっかけられちゃったんだよ。で、大丈夫ですかってタオル持ってきてくれたのが凌だったって話」 「やだ、あんたそんな酷い別れ方したの?」 「いや、あれはあっちの女が悪いっすよ……。だって浮気してたんだろ? それやんわり指摘したら逆ギレされてばしゃーって感じだったんで……」   『つばめ』は店長である笠原の夢が詰め込まれた小さな城で、とても洒落たデザインをしている。  外観は黒でスタイリッシュに、そして軒先や壁面にグリーンを飾り柔らかさを演出している。店内BGMはクラシック、照明は電球色のペンダントライトで大人の隠れ家のような雰囲気で、ファミレスのような感覚で学生が入れるような店構えでは無い。  そこに接点がなかったとはいえクラスメイトのイケメンが来たこと自体驚いたが、いきなり店内に響くくらいの罵声を浴びせられながら水をかけられる光景はバイトを始めて一ヶ月の凌には中々パンチの強い事件で、今でもよく覚えている。  フォローするように被せた言葉に、紗英は心当たりがあるようにやれやれと頬に手を添えて首を振った。

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