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「四時間か。ちょっとしたイベントの衣装合わせだな」
壮年の男性がはは、と穏やかに笑って熱い緑茶の入った湯飲みを傾ける。いつもの洒落た高級ブランドのグラスでワインを嗜んでいる姿が様になるだけに庶民感が出ているのがちょっとだけかわいい。
綺麗な黒髪はワックスで後ろに流しているが、おろすと嘉貴と同じ指通りのいいさらさらしたヘアだ。目元は紗英に似ている嘉貴だが、骨格など全体の雰囲気は彼によく似ている。嘉貴も歳を重ねるとこんな渋い男性になるのだろうか。
嘉貴の父――徹を見ていると、そんなことを考えてしまう。
「徹さんがいたらもっとかかってただろうから、仕事で良かったです」
「お、生意気な口聞くようになったじゃないか」
「でも正論よね。貴方好みの服まで着せてたら、今日はお泊まりコースだったわ」
「あとでどんな服持って帰るのか見せてくれるか?」
「いいですけど、今日はもう着ないですし持って帰る服も増やしませんからね?」
「前はそれで第二ラウンドに持ち込まれちゃったからねぇ、凌」
「成長しちゃって、かわいくない奴め」
「はい、おかわりどうぞ」
肩を竦めた徹の不満の声も華麗に流し、にっこりと笑って取り皿を渡す。
天井にはシャンデリア、床は大理石。クラシカルな猫足のダイニングテーブルの真ん中でキムチ鍋をつつく光景はどう見てもミスマッチだったが、寒い外から帰宅したばかりの徹からは大変好評だったので凌は目を瞑ることにした。
「肉とかまだ食べれますか? あと一パックくらい残ってるんですけど」
「そうねぇ、残っててもどうせ私たちだけじゃ食べないし、あんたたちもいる内に食べ切っちゃいましょ」
「じゃあ持って来ちゃいますね。ついでに野菜も追加で切るか、嘉貴」
「ん? ふぁい?」
「白菜と……豆腐も残ってるやつやっぱ切っちゃおうぜ」
「ん~」
キッチンへと向かう凌の背中を追いかけ、嘉貴ものろのろと立ち上がる。
本当はこれくらい自分ひとりでできるのだが、あくまで嘉貴の料理スキルをふたりに見てもらうことがこの食事会の主題だ。一緒にキッチンにも立つが、基本は嘉貴に任せている。
ひとり暮らしを始めた最初は「輪切りって何?」レベルだった嘉貴も、今では豆腐を手の上で切るのも朝飯前にこなせるようにまで成長した。きっと将来はいい旦那になること間違いなしに育てた自覚はある。
「このキムチ、あんまり辛くなかったね」
「確かに。もうちょい辛い方が美味かったな」
「今度家でリベンジする?」
「それもいいけど俺トマト鍋食べたい」
「色で連想しただろ?」
「そー。次はトマト鍋な。決定!」
「はいはい」
リズム良く白菜を切る音が、心なしか楽しそうに聞こえる。
その音に紛れるようにして、穏やかな笑い声が凌の耳を擽った。
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