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 ――パンッ。  乾いた音がふたりの間に割って入り、凌と嘉貴はそこで店内にもうひとりいたことを思い出す。 「店で修羅場始めんなよ。まだ営業中だ」  カウンターの向こう側、叩いた両手をそのまま腕組んだ丹羽はいつもと変わらぬ様子で嘉貴を見やる。 「露口。今凌は勤務中だから、悪いけどこれ以上のプライベートな会話は控えてもらっていいかな。何か食べていくなら、お好きな席へどうぞ」 「……いいえ。今日は帰ります。お騒がせしてすみませんでした」  本当はまだ何か言いたいに違いないが、泰然とした丹羽の態度に嘉貴は静かに頭を下げた。  最後にもう一度こちらを一瞥する嘉貴の視線から逃げるように顔を背ける。  その耳にカランと場違いに明るい扉のベル音が届き、次いで聞こえてきたのは丹羽の長いため息だった。  深くうなだれ、今度は天を仰いでもう一度息を吐く。どう見ても困惑している丹羽の様子に、凌の心臓が縮こまる。  あんなシーンを見られて、友人同士のじゃれあい、もといケンカなんて言い訳が通用するとはとうてい思えない。  世間一般のLGBTへの理解が深まったとはいえ、マイノリティであることに変わりはない。実際、ゲイだと公表しているタレントがメディアに出演しているだけでチャンネルを変えるという友人の話だって聞いたことがある。それを思うと、どんな侮蔑や罵倒の言葉がきてもおかしくない。万が一客が来てしまっていたら、店の評判だって下げていた。  生唾を飲み込んだ凌は、丹羽の顔を見ることができないまま腰を直角に折った。 「すみません。その……気持ち悪いところを見せて。……あの、俺、クビにしてくれて構わないんで。できればこのことは誰にも言わないでもらえると……」 「は!? 何でそんな話がとぶんだよ!?」  驚いた丹羽の声に、弾かれたように顔を上げてしまう。目を合わせた丹羽の顔に嫌悪感は見られず、凌は瞳を白黒させた。 「こんなことでクビになんてしねーよ。俺にそんな権限ねーし。いやあってもしねーけど。ってかぶっちゃけ、なんとなく気づいてたし」 「……え」  続く丹羽の言葉の意味を上手く理解できない。そんな凌を察したのか、丹羽は安心させるように眉尻を下げて優しく微笑んでみせた。 「最初に言い出したのは店長……真知さんでさ。友達にしては親しすぎるというか、どっちかって言うと俺らに近い空気感だよねって話されたことがあるんだわ。言われてみたら貢がれてるしデートもしてるし、なんつーか……一緒にいるのが幸せなんだろうなーって雰囲気? が確かになーって俺も納得しちゃって。男同士、女同士も最近よく聞く話だし、別にキモいとか思ったりしねーよ。むしろやっぱりかー! ってスッキリしたわ! ……だから、そんな死にそうな顔すんなって」  まあさすがにチューは焦ったけど! と場を和ませるようにワントーン明るい声で言われ、凌はとうとううずくまるようにその場にしゃがみこんだ。

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