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両手で顔を覆い、大きく安堵の息をこぼす。
肺いっぱいに空気を吸い込み、そこでようやく呼吸もままなっていなかったことに気がついた。
「大丈夫か?」
「……すんません。ちょっと一気に気が抜けて……」
かすかに震える指先をごまかすように深呼吸をして立ち上がった凌の前に、珈琲の注がれたカップが置かれる。
「とりあえず座って、これ飲んで落ち着け」
ゆらりと揺れる水面に映る自分の顔が今にも泣き出しそうで情けない。こんな気持ちで飲みたくなかったな、丹羽さんの淹れてくれた珈琲。
それでも触れたカップの温かさはすっかり体温をなくしてしまっていた指先に熱を与えてくれて、凌はほんの少し肩の力が抜けていく心地を覚えた。
そのタイミングを見計らってか、丹羽も自身に用意していた珈琲を一口啜ってからあくまで軽い口調で口を開いた。
「別に深い理由とか詮索するつもりはねーけど、ちゃんと話し合ったほうがいいんじゃねーの? お前らはただのコミュニケーション不足だと思うぜ、俺は」
「……」
「露口が言ってたみたいに、ぶっちゃけお前ら両想いだろ? わざわざ地方に行って離れる前に、一回お互いちゃんと腹割って話せば――」
「俺はそんなの望んでないです」
知らず語気が強まってしまい、失礼な態度をしたと思う一方で、それでも抑えることができない感情をそのままぶつけてしまう。
「俺はあいつとそういう関係になるつもりなんて最初からないんです」
そう言ったきり俯き押し黙った凌に「そうか」と丹羽は呟き、独り言のように続けた。
「あいつ……あんな必死な顔もできるんだな。覚えてっか? 元カノに水ぶっかけられても飄々としてたからさー、なんか珍しいもん見せてもらったわ。……そんだけ、お前のこと本気なんだな」
まあお前はもう分かってるだろうけど。
くしゃりと、言葉と共にゆっくりと伸びてきた手が、凌の髪をかき混ぜた。
「珈琲、冷める前に飲んじまえよ。淹れなおしてやんねーからな」
怒るでもなく見捨てるでもない、それでも思いの外、情の滲んだ声が鼓膜を揺らして頭を撫でた指先が離れていく。普段はうるさいくらいなのに、多くを語らず傍にいてくれる今の丹羽がいつもよりもずっと大人に見えた。こういうところに、店長も惚れたのだろうか。
「……丹羽さんって、かっこいいんすね」
「え? 今頃かよ。あー、でも俺にはかわいい彼女がいるからお前の気持ちには応えてやれねぇわ……」
「はは、丹羽さんは俺の好みじゃないからそういうの絶対ないんで」
「はぁ~? 趣味悪ぃなお前!」
久しぶりに口角を緩め、凌は「ありがとうございます」と呟いた。
それでも、一口飲んだ珈琲は普段よりもひどく苦く、いつまでも舌の上に重たく残っている気がした。
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