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「……しまった……」  『つばめ』の店先で、凌は己の失敗に顔を歪めた。  扉には「お盆休みのお知らせ」と記された貼り紙。  それを見てようやく、凌は今日が店が休みだったことを思い出した。  夏休みもバイト三昧で、お盆のことなんてすっかり頭から抜け落ちていた。  この容赦ない暑さの中出勤したのに、と完全に自業自得だが思わず呻いてしまう。  今日ほどバイトに専念したい日も、そうそうなかった。  何も考えず忙しさにかまけて、何も思い出すこともないくらいへとへとになって泥のように眠りたかったのに。中々どうして上手くいかない。  けれどここで立ち尽くしていたところで状況が変わるわけでもなく、むしろ太陽に丸焦げにされてしまう。  今日はツイていない日だと割り切って、滅多に買わないスイーツでも買って思う存分自分を甘やかそう。  そう決めて早々に帰ろうとした凌の耳に、小さな声が届く。 「ん……?」  きょろ、と辺りを見回すが、声の主は見当たらない。  けれど確かに聞こえるそれに、凌は胸騒ぎを覚えて『つばめ』の横にある小道へと足を向けた。  通用口へと続くこの道はあまり整備がされておらず、人がひとり通れるスペースを残して両側には膝近くまで雑草が生い茂っている。  そこに無理矢理押し込まれるようにして置かれていた段ボールを見つけ、凌は生唾を飲み込んだ。  震える手でそれを開いて、喉が引き攣れる。 「……みぃ……」  段ボールの中、先ほど拾った音でもう一度鳴いたのは、凌の片手よりも小さい猫だった。か細く震えていて、目はどこか虚ろだ。 「……捨てられたのか、お前」  こんなところに押し込められていたのだ。それ以外に考えられない。  捨てられてどれくらい経っているのだろう。  雀の涙ほどの良心なのか、水が入れられていたであろう片隅の小皿はからからに干上がってしまっている。  そろりと触れた身体は酷く熱を持っていて、熱中症か脱水症状を起こしているかも。と素人の凌でも容易に想像できた。 「捨てること自体ありえねぇけど、何もこんな猛暑に捨てるなよ……っ」  本来なら、今日は誰もここに来なかった。  もし凌も来ていなかったら、この子猫はどうなっていただろう。  考えただけでゾッとするし、あまりにも身勝手な人間の行いに怒りで目眩さえした。  しかし怒るより先に目の前の命を助けなくては。  鞄に入れていたペットボトルの水を小皿に注ぎ、もう一方の片手で携帯を操作して近所の動物病院を検索する。  しばらく画面とにらめっこしていた凌だが、やがて苦々しく眉を顰めて語気を荒げた。 「くそ、休みばっかかよ!」  いくつかのサイトにアクセスするも、どこもお盆休みの表示が一番最初に出てきてしまい、途方に暮れる。  ぽたり。  汗が画面に滴り、額を乱暴に拭う。額だけじゃない。腕や首にも汗が滲み、着ているTシャツは既に背中がじっとり濡れている。  まだ数分しかいない人間でこの有様で、子猫が耐えきれるものではない。  事実、ぐったりした様子の子猫は小皿をいくら口元に寄せても飲んではくれない、もう起き上がる体力さえないのだ。

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