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「頑張れ。少しでいいから、な?」  自分の指を濡らして近づけても、やっぱりその口は動いてくれない。  きっと最後の力を振り絞って凌に助けを求めたのだろう。そう思うと、胸が締め付けられて苦しくなる。  どうしよう……一一九って動物でもかけてもいいのか? それより一回家に連れ帰って、涼しいところで休ませる? でもアパートはペット禁止だし……連れ込んだことがバレたら退去とかさせられるのか?  バクバクと心臓がうるさい。  早く助けないといけないのに、焦りと暑さから思うように頭が働かない。  そればかりか先ほどの父親と、母親の姿がフラッシュバックする。  ――やめろ。あの人たちが、俺を助けるわけがない。  母親は結局最後まで凌を愛さなかった。  父親だって凌に関心がなく、名前を呼んでもらった覚えすらない。  それなのに、どうして今、求めてしまうんだろう。 「くそ……っ」  今にも消えてしまいそうな命を目の前に、気づきたくなかった心の奥底の感情が顔を出す。  この猫は、自分だ。  産まれてくることを誰からも望まれず、いつ死んでも構わないと思われている、価値のない存在。  こんなに一生懸命生きているのに。  誰も自分を必要としていない。誰も、凌を救ってはくれない。  ――俺は、ひとりぼっちなんだ。 「……う……っ」  込み上げてくる熱を、抑えることができない。滲む世界を見たくなくてきつく目を瞑る。  悲しくて、切なくて、しんどい。自分をごまかすことに、もう疲れてしまった。  それでも今は、目の前の命を助けなくては。折れてしまいそうな己を叱り、怒られても構わないと一一九を押そうとした時、画面が切り替わる。  ハッと息を呑んで画面を確認した後、震える手で通話ボタンを中央に向かいスライドさせた。 『あ、もしもし凌? 今大丈夫?』 「…………よしき」 『お中元でお肉貰ったんだけど、どう考えても三人で食べる量じゃなくてさぁ。凌、お盆は休みって言ってただろ? 母さんたちも会いたがってるから、よかったらご飯食べに来てくれる?』  耳元で聞こえる、場違いなくらい穏やかな声。  強張った心がほろほろ崩れて、ぷつりと緊張の糸も切れた。  もう限界だった。  とうとう、凌の瞳から大粒の 涙が溢れる。 『……凌?』  返事をしない凌に何かを感じ取った嘉貴が、名前を呼ぶ。  迷子の子どもが見つけてもらえたような安堵感に、気が付いたら口を開いていた。 「……けて」 『ん?』 「助けて、よしき……っ」

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