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 ――嘘だ。  信じられない。そんなはずがない。頭の中に否定の言葉がいくつも駆け巡る。  けれどそのどれもが声にはなってくれなくて、代わりにこぼれ落ちる涙が頬を、顎を、ふたりの両手を濡らしていく。 「…………ぅ……っ」  だって、あんまりにも嬉しそうに笑うから。  嘉貴の言葉に嘘偽りがないんだと、嫌でも分かってしまう。  だって五年だ。五年も隣にいた。ずっと、隣に。  その言葉が本当か嘘か、誰が分からなくても自分だけは間違えないと、自信がある。  「認める」とか「許す」とか、そんな言葉じゃなくて。「嬉しい」んだと、徹たちが笑ってくれた。  凌の存在を喜んでくれたその言葉が何よりも嬉しくて、涙がどうしても止まらない。 「今度またふたりで家に来いってさ。恋バナとかさせられるかもだけど」 「……で、でも、俺男で……」 「同性パートナーって今の時代そこまで珍しくないよ。仕事仲間にもそこそこいるみたいだし、多様性には理解ある家だと思うよ、うち。それに、言葉が悪いかもだけど男女が一緒になって子ども産んでも絶対幸せになれるわけじゃないってお前の親が証明してくれてるわけだし」 「酷いこと言うなお前……」  大して傷つきもしていないが一応批難すると、お詫びのように袖で涙をぐしぐしと拭われた。そんないくらか分からない高級な布で拭いてくれるな。 「うちの両親はさ、要は結婚とか子どもとかそういう付随するものじゃなくて、俺が幸せになれる相手であることが重要みたいだよ。それに、ふたりとも凌のこと大好きだからなぁ。大好きな子が息子の相手で、嬉しくて仕方ないみたい」  こんなに泣かせたのバレたら、俺が叱られちゃう。  冗談めかして笑い、指先が乱れた前髪をさらりと流す。 「他には何が不安? 全部教えてよ。こうやってふたりで話してさ、ひとつひとつ解決していこう。凌となら全然嫌じゃないよ。それで、お前が笑ってくれるなら」  無防備になった額に、こつんと嘉貴のそれが重なる。間近の瞳は、言葉をより鮮やかに彩っていく。 「そうやって、お前と一緒にこれからも生きていきたいよ。凌」  いつだって、嘉貴は凌の声を拾って応えてくれる。  ちゃんと向き合って、大事にしてくれていた、いつだって――今も。  そう気づいた時には、身体が勝手に動いていた。ほんの少し顔を傾け、誓いのようにその唇にくちづけを贈る。  この前とは全然違う。身も心も温かくなるような幸せなキスに、凌はふわりと口元を綻ばせた。

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