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プレゼント論争

「だから、こんなの貰えないって」 「でも凌が貰ってくれないと、この子は使われることもないままタンスの肥やしになっちゃうよ? そっちのほうが勿体ないと思わない?」 「……返品してこい」 「恋人が受け取ってくれなかったから返品しますって? さすがに対応してくれないんじゃないかなぁ」  嘉貴の意見はもっともで、凌は思わず下唇を噛んだ。けれど"これ"を受け取るのは憚られる。でも。いや待て待て。落ち着け、冷静になれ。  葛藤を繰り返す凌の心情なんて手に取るように分かっている嘉貴が、身を屈めて凌の顔を覗き込んでくる。駄目押しのように眉を下げてはにかむ顔が格好良くて、一周回って腹が立つ。 「嬉しくなかった?」 「……嬉しいか嬉しくないかで言えばめちゃくちゃ嬉しい。けど、誕生日プレゼントにタブレットは高級すぎんだろ!?」  値段知ってるんだからな! と叫んだ凌の目の前にはリンゴのマークが特徴的なタブレットの入った箱。そしてケースやペンやキーボード、プラスアルファ。  机の上を占領する、下手すれば新入社員の手取りよりも高い恋人からの誕生日プレゼントに、凌は目眩を覚えた。 「……今まではお前のお下がりだからって受け入れてたところはある。くそ高いんだろうなって腕時計とか、財布とかも、甘んじて受け入れてた。けどこれ新品じゃねぇか」 「父さんたちからのスーツ一式プレゼントは受け取ってたじゃん」 「就職祝いだって言われて断れるかよ! それも頑張って目瞑ってんだよ! もう、マジで生地がいい……あれぜってぇ新卒が着ていいスーツじゃねぇ」 「ふふ、靴も鞄も、全部父さんチョイスだからねぇ。見る人が見たら分かっちゃうから、パトロンいるって思われるかも。……あ、パパ活?」 「実の父親相手になんて単語使うんだお前は……っ」 「俺だってさすがに友達としてじゃ受け取ってくれないだろうなぁって思って気使ってたんだよ? でももう恋人なんだし、これくらいいいよねって晴れて解禁ってわけ」 「全然良くねぇ……。前も言ったけど、俺はお前にこういうことしてほしいわけじゃないんだって」  埒が明かないやり取りに深い溜め息を吐いた凌は、今度こそ頭を抱えた。  常日頃思っているが、嘉貴と決別するなら理由は間違いなく金銭感覚における価値観の相違だ(決別するつもりはないが)。  貢がれたいわけではないということがどう言えばきちんと伝わるのかうんうん唸る凌に、ふむ、と顎に指を添えて少し考えた嘉貴が「あのね」とおもむろに口を開いた。 「何か大きな勘違いしてると思うから言うんだけど、俺が凌にプレゼントするのは趣味だからだよ?」 「しゅみ」  読書。映画鑑賞。ショッピング。スポーツ。エトセトラ。よく耳にする趣味が頭の中を駆け巡るが「人にプレゼント」は聞いたことがない。趣味? これが?  まったく意味が分からないという感情がありありと浮かんでしまったであろう表情に、嘉貴が苦笑する。 「好きな子にプレゼントあげるのが好きなんだと思う。選ぶ時間も好きなんだ。喜んでくれるかな? 似合うかな? って想像するのが楽しくて、それで笑ってくれたら一番嬉しい。お金なんてまああって困るもんじゃないけど、好きな子喜ばせるために使ってなんぼじゃない?」 「……パパ活」 「ちょっと、やめてよ。でも本当はスーツだって俺があげたかったくらいなのに。父さんたちに先越されてさぁ……夏物のスーツは絶対俺に買わせてね? 俺の買ったスーツで出社してよ? ね?」 「お、おぉ……」  なかなか見ることのない鬼気迫る顔で両肩を掴まれ、思わず頷いてしまう。そんなにか。 「でも、俺はこれに見合ったものを返せてねぇから……こうも頻繁に渡されるのは、ちょっと不安っつーか……」 「何が?」 「……俺とつき合うメリットなさすぎて別れたりしねぇかなって」 「待ってどうしてそうなるの!? 発想怖すぎるんだけど。そんなくっだらないことで別れたりしないから、二度と言わないで?」 「ふぁい」  がくがくと身体を揺さぶられて、さらには両頬をつねられる。そのすべてを甘んじて受け入れたのは、一足飛びに最悪の結末を言ったことへの謝罪だ。さすがに凌だってこんなことですぐに別れるなんて思っていない。けれど、これが続くと遠くない未来にそうなりそうと思う気持ちも本心だ。  与えるだけの愛情はその内すり減っていって、いつか消えてしまう。凌が両親に対してそうだったように。 「もう分かったと思うけど、そんなことのためにプレゼントしてるんじゃないんだからね?」 「分かってても貰ってばっかりじゃ気が引けるんだよ普通は」 「ん~……あ、じゃあ俺の誕生日はケーキ作ってよ。凌の手作りホールケーキ食べたいな、俺」 「諭吉何人分かも分からんタブレットと俺のお菓子でよくバランス釣り合うって思えたな」 「凌のほうが価値あるでしょ? だってそれってお金で買えない、凌にしかできない特別なことなんだから。それに凌、お菓子作りはしたことないだろ? 俺しか知らないなんて最高すぎ。父さんたちにも自慢しちゃう」 「……なるほど?」  そういうものの見方もあるのか。とはいえ全然価値が違う気がするけど、多分嘉貴の中では本当に同じだけの価値があるのだろう。あと、自慢したら確実に徹たちにも作ることになるから特別感味わいたいなら絶対やめておいたほうがいい。  納得はしにくいが、理解はできる。でもやっぱり自分の菓子(いやほかにも用意するけど)とタブレットではバランスが悪く、嘉貴の好意に甘えすぎている気がしてならない。けれど趣味と言われてしまえば嘉貴のプレゼントを制限するのも違う気がする。  どうにか意見を飲み込もうと苦心していると「りょーう」と嘉貴が甘くささやいた。腰に腕が回り、先ほどより近くなった端正な顔で一瞬視界がいっぱいになったかと思うと、ちゅ、と柔い熱が唇を掠めて離れていく。 「そんなに難しく考えなくてもいいんだよ。あー愛されてるんだな俺ーって思えばいいんだから。ほんっと自己肯定感低すぎて浸透率悪いよね。はぁ、かわいいなぁ」 「前後の文章繋げる努力してくれ」 「じゃあ凌も、俺に愛されることに慣れる努力してね」  ぐうの音も出ない一言。確かにそのとおりかもしれない。  とはいえ一朝一夕ではどうにかならない己の後ろ向きさに自分でも辟易としてるんだという気持ちを込めて唇を尖らせると「誘ってる?」ともう一度キスをひとつ落とされた。違う、違うんだ。嬉しくないわけじゃないが、そうじゃない。 「まあ、まだつき合い始めたばっかりでよく分かってないかもだけど、そのうち嫌でも分かるよ。俺はお前が幸せだなぁって笑ってくれて、好きだよって言ってくれて、あわよくばエッチなことしていちゃいちゃできたら他に何もいらないんだから」 「……いいこと言ってるけど、服の中に手を突っ込んでたら台無しだからな」 「え? そういう流れだったと思ったんだけど……まあ、とにかく。要は凌がいるだけで満足ってことだよ」  ――そんなの、こっちだって。  プレゼントなんてなくても、嘉貴が居れば幸せなのは、凌だって同じなのに。 「――あ」 「うん?」 「欲しいものって、リクエストしてもいいか? あ、今年はもういらないからな。来年分の話」 「え? いいけど、もう?」 「旅行いこうぜ、ふたりで」  ぱちぱち。形のいい二重の目が二回、三回と瞬いた。どうでもいいけどまつ毛長すぎて瞬きの音しそうだな、こいつ。「ぱちぱち」より「ばさばさ」かもしれない。 「俺ひとりで使うものは自分で買う。そうじゃなくて、ふたりで一緒に使ったり過ごせる何かをくれたほうが、素直に嬉しいし、絶対楽しいだろ」 「…………服は?」 「そこかよ……。さすがにそれはいまさらだし、今まで通り有り難く受け取るよ。紗英さんたちからも大量に来るしな。趣味なんだろ? よく分かんねぇけど、俺に着せてるの楽しそうだし」 「うん、着せるのも脱がすのも大好き」 「おい」  服のプレゼントが禁止されないと分かった嘉貴があからさまに上機嫌になる。そんなにか。あと、服の中をまさぐるな。  べち、と痛くない程度に腕を叩き落として話を戻す。 「ふたりで楽しめるやつならそれこそゲーム機とかもありかなって思ったけど、嘉貴と遠出ってしたことねぇから、それがいい。お前と色んなところ行ってみたいし、見てみたい。……だめか?」  おそるおそる尋ねる凌の髪を、安心させるように嘉貴の大きな掌が撫でていく。 「まさか。すっごくいいね、それ」  楽しみ、と賛同する姿に安堵の息が漏れる。いつの間にか頬に移動してきた掌に自分のそれを重ねて、伝う熱に強張っていた心がほどけていくのを知った。 「確かに旅行も普通なら遠慮しちゃいそうだもんねぇ、凌。心置きなく計画立てちゃおう」 「俺の庶民の心にも少しは気使ってくれると助かるんだけど」 「はぁい。ふたりで旅行、初めてだね。どこ行こうか? いっそ海外?」 「最初なんだし、国内で良くねぇか? まあでも、韓国とかのほうが安いって言うもんな。色々調べてみるか……」  はた、と。目を合わせた瞬間に分かった。今、同じこと思った。 「タブレットで調べる!」  示し合わせたようにふたりの声が綺麗にハモって、声を出して一緒になって笑う。パソコンやスマホをふたりで覗き込むより利便性が良さそうで、あんなにも困っていたプレゼントが一転、大活躍の予感がした。 「ふふ、いいプレゼントになったみたいで良かった」  現金とも取れるほどの気持ちの変化も嘉貴は嬉しいなと柔らかに笑うから――胸の奥が擽ったくなった。本当に凌に喜んでほしいだけなんだ、この恋人は。  愛されているんだ、すごく。  「ありがとう、嘉貴。――大事にする」  プレゼントを受け取って三〇分。ようやく出てきた素直な感謝の気持ちに、嘉貴は最後のおまけと言わんばかりにキスをひとつ贈って、微笑んだ。 「どういたしまして」  次の休みには、ケーキ作りの道具と材料を買いに行こう。  構ってくれないと文句を言う嘉貴を宥めながら練習もして、当日はあっと驚くようなケーキを食べさせてやろう。  ケーキを囲みながら旅の計画を話すのも悪くない。いつもとはまた違った楽しい時間になりそうで、もうわくわくしてる。  そうやってふたりで話して、悩んで、決めていく。  先の長いふたりで過ごす毎日の行き先を、一緒に。  

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