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アズマの想い
「あずま、机にあった写真、知らないか?」
「写真ですか?見てないです。」
そうか…。寂しそうな顔で地面を見つめる。
私は、そんな主人の顔を見たくなくて、顔を背けた。
「クウゴ様、14時より会議の時間です。」
「ああ。写真を見つけたら、教えてくれないか。亡くなった友人の写真なんだ。」
嘘つき。
「はい。探しておきます。」
友人なんて、面白いことを言う。
恋人の写真だろう。
残念ながら、もうその写真は焼却炉の中だ。
永遠にその手の中に戻ることはない。
彼に亡くなった恋人がいることを知ったのはつい最近のことだった。
クウゴの母、ノブメと話をしている時、ポロリと出た名前。それがカスミだった。
ノブメはカスミのことを褒め称え、アズマはクウゴには合わないと見下した。
そこまでは良かった。カスミがクウゴの元秘書だということも、幼馴染だということも知っていたからだ。
しかし、その後語られたのが、カスミとクウゴの仲がただの幼馴染ではなかったということだ。ノブメは男同士の恋愛に嫌悪感を表し、カスミが男ではなければ認めたのにと何度も呟いていた。
知らなかった。
まさかカスミとクウゴがただならぬ関係にあるとは。
知らなかった。
いや、知っていたはずだ。
ベッドで呟かれる「カスミ」という言葉を、
茶を淹れるのに失敗した時に「カスミなら」と声を漏らすことも、すべてカスミとクウゴの関係を伝えていたはずだ。
「もやもやする。殺してやりたい。消してやりたい。ああ、ああ、ああ…。」
殺さない。
ーーもう死んでいる。
消せない。
ーー何度も何度もカスミと呼ぶ声を聞いている。
「アズマさん?今日、とっても機嫌悪そう。」
ホテルの一室で、タバコをふかす。
ああ、いやだ、いやだ。イライラを収めるために吸ってるのに、この香りはクウゴを思い出す。このタバコもクウゴから貰ったものだ。
日常生活にはクウゴのものが散らばってる。
「ロクはタバコ持ってませんか?」
「ああ、ありますけど…。それは?」
「これの気分じゃないんですよ。」
タバコの火を消し、目の前の男娼からタバコを貰う。違和感のある香りだ。でも、クウゴの香りよりよっぽどましだ。
「それにしてもいいんですか?最近、俺の指名多いでしょ?俺は嬉しいけど、アズマさん忙しくないんですか?」
「忙しくないと言われれば、忙しいです。でも、少しくらい息抜きしておかないと、いつかすべてを壊してしまいそうで。」
「壊すってなにを?」
「世界をですかね。」
物騒な…なんて聞こえる。
でも、事実。最近よく夢を見る。
自身が包丁を持って、路上を彷徨う夢。止めに入るのはいつもクウゴだ。なぜ止めるのか聞くと決まってこう言うのだ。
お前にこんなことをしてほしくない。
あの男は私に何を望んでいる。私に何をして欲しい。決して私の名を呼ばずに抱くくせに。私を愛してくれないくせに。側にはおきたがる。なぜだ、なぜだ、なぜだ。
愛しいカスミにすらなれない私。
似ても似つかぬその顔。性格だって何度も違うと呟かれた。なら、私は一体何を求められている。
「ロク、続きしましょう。」
「延長料金かかりますよ。」
「別にいいですよ。チップも渡すので、今日は酷くして。」
ドライな関係は心地がいい。
金ありきなら、自分が何を求められているのか理解できる。
愛なんて、そんなものそもそも理解し難い。
だから、愛されているのかいないのか分からないのだ。
でも、そんな愛を信じて裏切られた私が1番愚かで惨めだ。
そろそろ彼と別れるべきなのかもしれない。
もう、本当にひと1人殺しそう…。
「あずま、母に何か聞いたか。」
「何も。」
「そうか。」
最近、クウゴは何かを考えていることが多い。なぜ、考え事をしているのか。それは、カスミが残したビデオレターにあるのを知っている。
先日、カスミの兄からビデオレターを預かった。すぐにクウゴに渡したが、見るのを躊躇っていたように思う。
おそらくこの調子なら、見たのだろう。
今は私との関係を断つ方法を考えている最中か。母が余計なことを言っていたら、円満に別れられないとそんな感じか。
「ん…?お前、その首どうした。」
「首…ですか?」
窓ガラスに映る自身を見つめる。と、薄っすら見えるキスマーク。
昨日の情事の痕か。珍しい。ロクはキスマークなんて滅多に残さないのに…。
「虫…刺されでしょう。」
「虫…。」
怪しむ素振りを見せる。
別に、興味もないだろう。
そんな振りしなくてもいいのに。
手を引っ張られ、引き寄せられる。
カプリと首筋を噛まれた。
「浮気したらどうなるか分かってるだろうな。」
「していませんよ。」
「そうか。」
男も女も食い放題なあなたに言われたくない。
浮気?付き合ってもないのに、浮気か。
変な独占欲だ。
1番にすら、座らせてくれないくせに。
「ロク、どうしてキスマーク付けたりしたのですか。」
「サービスですよ。」
「サービスね。次やったらチップ渡さないから。」
「じゃあ、チップいらないんで、今日も付けますね。」
「はっ…。」
首筋を強く触れる。
なんで、キスマークなんて。
明日はなんて言い訳しよう。いや、する必要もないのかもしれない。
「アズマさん。」
「なんですか。」
「タバコ、ここのメーカーおすすめですよ。」
「この前貰ったやつ。」
「はい、これ箱渡しときます。変えたかったんですよね?」
青いパッケージ。そこから一本取り出し、火をつけた。やっぱり慣れない香り。
「アズマさん。逃げるんだったら早いほうがいい。」
「は?」
「逃げたいんでしょ?だから、俺に抱かれてる。でも、いつまでも続きませんよ。だから、逃げるんなら早く逃げたほうがいい。物理的に距離をとって、忘れたほうがいい。」
「何か知ったふうに言いますね。」
「分かりますよ。お客はみんな何かを抱えて俺に抱かれてる。貴方みたいな人は基本、本命に見てもらえないからここにいる。最初のアズマさんもそうだった。でも、今は逃げる決心している。タバコも変えちゃって、逃げる努力をしてる。でしょ?」
「ははっ…。そうですね。そうかもしれません。殺してしまいそうなんですよ。このまま、愛されないと。」
「メンヘラ。」
「貴方のそう言うところが好きですよ。でも、いいです。そろそろ本当に離れるべきなんです。死人には一生勝てないのですから。」
「無職になるなら、お店紹介しますよ。」
「私に、男娼をしろと?」
「背は高いし、体格もいいですけど、そんな人を押し倒したい変態も結構いますよ。」
「考えておきます。」
今更、誰に抱かれようとどうだっていい。
いいかもしれない。
よくも知らない人間に抱かれるのも。
稼ぐだけ稼いで、遠くの場所で1人で暮らすのも楽しそうだ。
「クウゴ様、これを。」
スッと封筒を差し出す。
退職届というものだ。
「何だこれは。」
「引き継ぎも既に済ませました。」
「受理はしない。」
「結構です。ノブメ様に既に許可を貰っています。」
「母にそんな権利はない!」
いや、ある。実際には、ノブメではなく、ノブメの父である会長に。
「本日付で退職します。」
「俺との関係を断つと言うのか。」
「はい。」
「許すわけがないだろう!」
そういえば、クウゴは傲慢な男であった。
振るのはよくて、振られるのは嫌か。
でも、それもいい。初めてクウゴを振った相手になれるのなら、名誉なことだ。
「クウゴ様、私はカスミという少年の写真を破り捨てました。」
「あ"?」
「私は1番になりたかった。けれど、なれるはずもなかった。死人には勝てやしない。唯一になれぬのならと1番を目指しましたが、それもままならない。そもそも貴方には既に唯一がいた。」
「カスミを知って…。」
「私は、私を1番に愛してくれるもののところへ行きます。貴方は貴方の愛したものに縋り付いていてください。」
社長室を出て、車に乗り込む。
空は青く晴天で、いつかあの空へと飛び立ちたいと強く望んだ。
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