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第4話
10年も前のセンチメンタルな思い出に意識を持っていかれていた俊は、いつのまにか彼がこちらに視線を向けていたことに気付き、身をすくませる。
彼はその澄んだ目にどんなマイナスの感情も宿さない。あるがままの景色を裏も表も勘繰らずまっすぐ受け入れる深い鳶色の瞳は、この狭い場所ではなくもっと遥か遠くの雄大な世界を見通しているように清々しい。
そんな彼にまともに見つめられるのは、卑小な自分の弱さを責められているような気分になって、俊はいささか居心地の悪い不安感を煽られた。
何と言って言葉をかけたものか、いやそれ以前に言葉をかけていいものかとためらっているうちに、相手は俊の存在などまったく意に介さず視線を元に戻してしまう。そして何事もなかったようにしゃがみこみ、作業を再開し始める。
俊をがんじがらめにしている島の常識が、その場をそのまま立ち去ることを勧める。実際臆病な俊の脚は、すぐにでもそこから離れたがっていた。
引き止めたのは、50%の消滅の可能性だ。
あと2ヶ月半で死ぬかもしれないというのに、まだそんな意味のない束縛が気になるのだろうか。本当に馬鹿馬鹿しい。そろそろ自分の思うままに行動してみてもいいのではないか。
今自分は、彼の声を聞きたいと思っている。だったら、そうすればいいだけだ。
思い切って足を踏み出し、上月から少し距離を置いて立った。俊が近付いたことには気付いているはずなのに、彼は顔も上げない。話しかけるには、島の約束事を破る勇気とはまた別の勇気が必要だった。
「あの……」
「何してるんだ」
中途半端に口を開いたまま躊躇している俊に、彼の方から話しかけてきた。こんなに間近で声を聞くのは初めてだ。
「え?」
意表をつかれて聞き返してしまう。
「何してるんだって聞いてるんだけど」
上月は顔も上げず、ぶっきらぼうに問う。
「あ、散歩。ここ、朝の散歩コースなんだ。えっと……上月君は? 何してるの?」
「俺と話してていいのか」
彼は勇気を振り絞った俊の問いには答えずに、つっけんどんに問い返してきた。
「あ、僕邪魔だったかな」
「そうじゃなくて。おまえの方が、俺と話してるとまずいんじゃないのかってことだよ。立場的に」
そう言ってこちらを見上げてきた澄んだ瞳は、学生時代のことを遠回しに非難している様子などまったくなく、ただ本気で俊の『立場』とやらを心配してくれているようだった。
「全然まずくないよ。もし邪魔じゃなかったら、もう少しここにいてもいいかな」
上月は少し首を傾げていたが、軽く頷くと一言言った。
「じゃあ、ちょっとそこ押さえててくれ」
「あ、はい」
いきなり指示され反射的に腰を落とした俊は、彼が作業をしているダンボール箱の一辺を両手で押さえる。中には俊が見てもさっぱりわからないパソコンのマザーボードのようなものが敷き詰められており、いろいろな色の導線がグルグル巻きになって繋がっている。
「これは何?」
「落ちてくる隕石の軌道を変える装置」
言葉を失ってしまった。でも俊の記憶の中の上月和人は、そういうたちの悪い冗談を言う人間ではない。きっと本気なのだ。
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