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第6話

***  放課後の科学準備室は、夕暮れになると全体がほのかな橙色に染まる。窓が西側を向いているからだ。  キャビネットが2台と小さな実験用机が1台置かれたらいっぱいになってしまう狭い空間は淡いオレンジ色の中静まり、どことなくもの寂しげな雰囲気を醸している。棚に入りきらず片付けられない実験台の上のビーカーやフラスコが、残り陽を反射してキラキラと輝く様は、どこか非現実的で神秘的な風景だ。  実験台の前には、上月和人が座っている。  他のクラスメイト達より幾分大人びたその横顔は表情が少なく、整いすぎている分精巧に作られた彫像のように見える。台の上のビーカー同様、彼のその肌も冷たく硬質なのかと想像してしまう。  和人の目は台の上のノートパソコンの画面に向けられ、キーボードの上を指が自在に動き回っている。視点は画面に固定し、一瞬も手元に落とされることはない。  オレンジ色の光は、部屋の主である彼のこともやわらかく包みこみ、その横顔に寂しげな陰影を落とす。  いや、寂しそうだと感じているのは、見ている俊の方だけなのだ。彼自身はきっと、全然寂しくなんかない。  上月和人はいつも自然体だ。あるがままにあり、充実した自分の生を生き、他人の目など気にせず超然としている。  いつも人にどう思われるかを気にしている、卑小な自分とは正反対に思え、俊はそっと自己嫌悪の溜息を漏らす。  何一つ不足しているものなどないだろう彼に、必要だと思われたい。  何でもいいから、彼の役に立ちたい。  孤独な和人を可哀相に思う気持ちなどまったくない。むしろ俊は、彼が孤立していることを密かに喜んでいる。こうして彼をみつめるのが、自分だけに許された特権であると錯覚しそうになるからだ。  ――最低だ。  扉についた小さな窓から、唇を噛み締めたまま、俊は和人をみつめる。彼に話しかけるために口実として買ってきた、缶コーヒーを2つ持ったまま。  何十分も逡巡した末に、俊は思い切って扉に手をかける。そしてその瞬間、これは夢なのだと悟る。現実の俊はそれこそ指一本動かすこともできず、ドアを隔てた場所からただ見つめることしかできなかったのだから。  でも今は夢なのだから、できるかもしれない。扉を開けて、思い切って彼に声をかけることが。  その深く知的な鳶色の瞳が、自分を映したときどんな変化を見せるのか、それが知りたい。  扉はまるで自動ドアみたいに音もなく開いた。俊は思い切って、部屋に一歩を踏み入れる。  和人の澄んだ瞳が、パソコンの画面からふと離れて……。

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