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第9話
気持ちがやわらぐと、雑談もしたくなってくる。
「上月君は『アルマゲドン』を観た? ハリウッドムービーの」
「ああ、大昔の映画だろう?」
リアルで世界が滅びるかもしれないときにそんな話をするなんて、無神経だと怒られてもおかしくなかったが、和人は気にした様子もなく映画の内容を思い出すように宙を見る。
「落下する隕石に穴を開けて核兵器を埋め込むって発想が、突飛でユニークだったな。無重力空間で地球上と同じように機能するあのドリル、どういう構造になってるんだと興味が湧いた」
「ふぅん、上月君はそういうのが面白いんだね」
俊は苦笑してしまう。彼と俊では同じ映画を観ても、興味の方向がまったく違うようだ。
「じゃ、覚えてないかな。地球を救いに行く男が出発の前に恋人とデートするところ。危険な作業に向かう前の、もしかしたら最後になるかも知れない大事な2人の時間を過ごしながら、彼女が聞くんだ。『今も世界のどこかに私達みたいな恋人がいるのかしら』って。それに、彼が答える。『いるに決まってるだろう。そうでなきゃ、世界を救う意味がない』」
和人は目を瞠り、俊を見返した。そんなシーンがあっただろうかと怪訝な顔で。
「僕はそのシーンが大好きなんだ。ここで君の仕事を手伝っていろいろと話をしながら、あのシーンをいつも思い出してた。上月君、世界は大切なぬくもりで溢れてるよね? だから僕も、いい結果を心から信じたい」
和人の顔を見上げ、細められた瞳の中に微妙な熱を感じて、俊はうろたえてしまう。
考えてみると、なんだか妙なことを言ってしまった気がする。まるで彼と自分を、映画の中の恋人同士と重ねているように聞こえてしまわなかっただろうか。
「おまえは……優しいんだな」
戸惑い俯いた俊に、つぶやくような一言が届く。からかうふうでもなく、思わず言葉になってこぼれ出たというように自然な響きがあった。
「や、優しくなんか……」
口ごもる俊を、和人は何か珍しいものでも見るように興味深げにみつめる。
「俺がまったく気に留めなかったシーンに、おまえは感動する。自分と全然違うおまえの頭の中身を知るたびに、狭かった俺の世界も広くなっていく。いいな……そんなふうに影響されるのは、悪くない」
和人の言いたいことは、なんとなく俊にもわかった。俊の方も、知らなかった和人の一面を見せられるたびに自分自身が豊かになって、もっと知りたいという気持ちが湧いてくる気がするのだ。
「俊」
鼓動が一つ大きく打つ。
最初は俊のことを『本居』と姓の方で呼んでいた和人が、言いづらいからと名で呼ぶようになったのはいつからだっただろう。耳に深く染みる低音で名を呼ばれるたびに、俊の心の琴線が不思議に心地よく震える。
「う、うん。何?」
なかなか用件を切り出そうとしない彼を促がすように、俊は聞き返した。
「おまえ、今日も学校へ行くのか」
「あぁ、夏休みだけど、教材研究があるから。2学期に備えなきゃいけないし」
「他の連中もおまえと同じように、ちゃんと毎日来てるのか?」
「それは……」
俊は答えに窮した。
実際のところ政府発表の後職員会議で当分休校と決まってからは、教員も生徒も誰一人登校などしなくなっていたのだ。
当然だ。あと数ヶ月で世界が滅びるかもしれないときに、仕事や勉強が何になるというのだろう。誰だって大切な人と少しでも長く、残された平和な時間を過ごしたいに違いない。
家族を亡くし天涯孤独の、俊や和人のような人間以外は。
「こうなっちゃうとみんな、やっぱり学校どころじゃないだろうし。仕方ないと思うんだ。僕はただ、その、これまでそうしてたから、それ以外にすることが、浮かばないというか……」
言い訳みたいに連ねながら、つまらない人間だと思われていないだろうかと心配になる。もうすぐ世界が終わるかもしれないというのに、判で押したような面白みのない生活しかできない自分が情けない。
それでも、誰もいない学校がなんだかひどくもの寂しくて、自分だけでも最後まで通ってあげたいと思ってしまうのだ。
「そうだ、上月君もよかったら来てみないか?」
急な思い付きだった。
学生時代まったく交流できなかった和人と、もう一度学校で話してみたい。
突然の思いつきで誘ってみたのだが、和人の方は学校にいい思い出などないのではないかと急に考え直す。
「あ……もし気が進まなかったら、別に……」
「そうだな、久しぶりに行ってみるか」
「えっ?」
予想外の返事に、俊は弾かれたように相手を見た。
「何だ? 俺にとっても一応母校だ。行きたいと思っちゃおかしいか?」
「そんな! ぜひ来てほしいよ!」
不自然なほど力が入ってしまった俊を、和人は珍獣でも見るように見つめ、
「おまえ、本当に面白いな」
と言って、初めて声を立てて笑った。
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