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第11話

 俊は意を決してラインカーを握り、和人の描いた図形に線を加えていく。  深く考えずにインスピレーションで描いたものが形をなしてくると、だんだん面白くなってきた。はみ出たところは足で消しながら、俊は和人との共同作品を仕上げにかかる。 「できた」 「なんだ? それ」  今度は和人の方が眉を寄せた。 「家」 「家?」 「ここが屋根で、ここが壁」 「こっちの屋根だけ、異常に突き出してないか?」 「そこは中2階。ロフトになってるんだ」  ちょっとむきになって説明する俊に、和人は複雑な顔で肩をすくめ苦笑する。 「全体が見事に歪んでるぞ」 「エッシャーの騙し絵みたいになったね」  その感想は通じなかったようで相手は首を傾げる。どうやら天文好きの理系青年は、美術方面には弱いらしい。 「そうだ。大事なものを描き忘れた」  俊は再びラインカーを握ると、家のドアに当たる部分の横に簡単な人形を2つ描いた。 「家には人が住んでないとね」  と言って見上げた俊を、和人は不思議そうに見返す。 「どうして2人なんだ?」  問われて自分でも惑った。 「それは……その方が楽しそうだから」  わけのわからない説明になってしまい、常に論理的な思考の彼に呆れられたかとあわてたが、和人は馬鹿にする様子もなく、もの言いたげなやわらかい眼差しで見つめてくるだけだ。  胸が不思議な感覚に疼いて、俊は思わず視線を逸らす。どんどん速くなる鼓動が止まらず、妙に息苦しい。  今日の和人はなんだか変だ。いつもよりよく笑うし、向けられる瞳にはどこか特別な熱を感じる。 「礼を言うぞ」 「えっ?」  いきなり言われ、あわてて見返すと、和人は少し照れたように微笑んでいた。 「学校にはずっと来てみたかったんだ。でも敷居が高くて来られなかった。高校の卒業式も、じいさんが死んで参加できなくなっちまったからな。なんとなく心残りだった」  和人と同居していた太助じいさんが亡くなったのは、ちょうど卒業式の3日前だった。通夜も葬儀もなく、唯一の身内である和人の手により密葬にされたと後から聞いた。  高校生活の最後、彼に一言でもいいから言葉をかけたいと思っていた俊だったが、結局そのまま会う機会もなく年月が経ってしまったのだ。 「担任から卒業証書だけ送られてきてそのまま終わっちまったけど、学校にちゃんと別れを言いたかった。取り立てていい思い出もなかったが、嫌いじゃなかったからな、ここが」  和人は思慮深い瞳を懐かしげに細め、校舎を見上げている。  孤立していた彼が学校を嫌いではなかったと言ってくれたことで、俊の胸は安堵で満たされる。そして、彼と言葉を交わせないままに卒業してしまったのを、自分がずっと悔やんでいたことに、たった今気付いた。 「おまえのおかげだ、俊」 「え……」 「おまえが教師をやってなかったら、いくら懐かしくたって学校に忍びこむ勇気なんか出なかっただろうからな。今日はずっと欠けてたものが埋まって、満足した気分だ」 「よかった、役に立てて」  ――僕も嬉しい。君ともう一度、ここに来られて。  俊は出そうになった言葉をなんとか押し止め、抜けるような青空を見上げている和人の横顔を窺い見る。  学生時代は作れなかった2人の思い出を、今作った。2人で描き上げたちょっと不思議な家は、消されなければ『その日』までここに残るだろう。  落ちてくる隕石からは、ナスカの地上絵みたいに見えないだろうか。  いっそ今日の記念に永遠に残ればいいのに、などと夢みたいなことを考えながら、俊は和人の隣で、形は悪いが大切な家をいつまでもみつめていた。

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