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第17話

「ちょっ……何してやがるてめぇ!」  硬直していた体をなんとか起こした俊の耳に、三枝の素っ頓狂な声が飛びこんできた。その視線を追って、俊もまた唖然とする。  和人が、三枝のバイクの横にいつのまにかしゃがみこんでいたのだ。普段と変わらぬポーカーフェイスで右手に何か大きめの工具を持ち、バイク相手にカチャカチャと動かしている。 「やめろっつってんだよ!」  青くなって駆け寄った三枝が彼を突き飛ばし、愛機を確認する。間抜けな悲鳴を上げたところを見ると、何かとてつもない致命傷を負わされたようだ。噂の主のいきなりの登場に茫然としていた子分達もあわてて寄っていくと、その致命傷を見るなり「あーっ」という絶望的な声を上げた。 「てめぇ、俺の大事なバイクに何てことしやがる!」  三枝が和人の胸倉を掴み上げた。和人はこれっぽっちも怯む様子はなく、いつもの淡々とした表情を崩さない。 「騒音公害の元は社会悪だと思わないか? まぁ、野獣にはそんな常識は通用しないだろうがな」  ごく平坦な口調でそう返し、悠然と笑ってみせる。その痛烈な一言と動じない態度は、三枝の怒りを沸点に上げるのに十分だった。 「畜生、ぶっ殺してやる!」  和人の視線が俊に向けられた。そして唇が動いた。『逃げろ』と。  次の瞬間、彼が正面を向くなり体が二つに折れた。三枝の蹴りがボディに入ったのだ。 「ド変人のよそもんが! 島中に嫌われてんのがわかんねぇのかよ!」  反撃しようと思い切り振られた工具は空を切り、両脇からすかさず彼を羽交い絞めにした子分達に呆気なく取り上げられた。三枝の拳が今度は見事に顔に入る。和人がほとんど無抵抗なのをいいことに、連中は日頃の憂さを晴らすようにサンドバッグにし始める。 「やめろ!」  恐怖ですくんでいた情けない体がやっと動いた。武闘派の不良連中に一矢報いることなどできるはずのない非力な俊は、それでも無我夢中で三枝に掴みかかっていき、腕を一閃されてあえなく後ろに弾き飛ばされる。 「来るな! 大丈夫だから」  苦しげに吐き出された和人の一言が、衝撃をくらって倒れ、ガンガンする頭に響いた。 「そのクソ生意気なすかしたツラ、見てるだけでムカつくんだよ! とっとと島から出ていきやがれ!」  すでに立っていられず地に伏した和人を、連中は悪態をつきながら足蹴にし始める。  ――このままでは本当に殺されてしまうかもしれない。  そう思ったら全身の血が引いた。  無様に尻もちをついている場合ではなかった。  俊は重い体を無理矢理起こし立ち上がった。脚が少しふらついたが、迷っている時間はない。 「誰かっ! 誰か来てください!」  それほど大きな声を張り上げたのは、生まれて初めてだった。俊は叫びながら遊歩道の方へ駆け上がる。 「放っとけ、誰も来やしねぇ」という三枝の声が背中で聞こえた。  そんなことは俊にもわかっている。こんな物騒な時期の夕暮れ時に、島のはずれの海辺まで散歩に訪れる酔狂な人間なんかいるわけがなかった。  それでも、可能性はゼロではない。 「誰か、助けて! あっ、駐在さんっ!」  遊歩道の彼方に向かって、それらしく大きく両腕を振る。連中が背後で動きを止めた気配を感じる。 「こっち! こっちです! えっ? そうですそうです! いいから早く……早く来てください!」  何か問われ頷いているふうを装いながら、俊は必死で架空の人物に訴える。一か八かの真剣勝負、生涯最高の迫真の演技だ。  萎縮し切った子うさぎみたいに声も出ず震え上がっていた俊が、いきなり大声で必死に叫びだした姿には何がしかの信憑性があったのだろう。三枝の舌打ちが聞こえ、指を弾く音に続いてバイクのエンジン音がした。と思う間もなく、あっという間にその轟音は遠ざかっていく。振り向くと、2台のバイクに分乗し走り去っていく連中の後ろ姿が見えた。逃げ足の速さはさすがに年季が入っている。  そのシルエットが完全に消えていくのを確認するのももどかしく、俊は丸太みたいに浜辺に転がされた和人の元に駆け寄った。

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