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第19話

***  その後の俊は情けないことに、落書き犯人を捜すどころか和人に会いに行くことすらできず、家で無為に日々を過ごしていた。  危険だからもう一人では出歩くなと和人に言われてしまった上に、俊自身も三枝達に襲われたときの恐怖が根深く残っており、外出が怖くなってしまったのだ。  朝の散歩も和人に止められ、結局やめざるを得なくなった。臆病な自分に腹が立ち苛立ったが、外に出てまた連中に遭遇してしまったら、一人ではどうすることもできないのもよくわかっていた。  会えないでいる間も、ただ和人のことだけが俊の頭を占領していた。いつのまにか育っていた和人に対する不可解な想いを、どこに位置付けたらいいのかをずっと考えていた。  和人を想うとき、今まで言い訳のように唱えていた『友人』という呼び名だけでは、到底括れない熱い切なさみたいなものがあるのを、俊ももう認めざるを得なかった。それは学生時代、周囲と一線を引き孤高の鎧をまとってなお輝いていた彼を秘かに目で追わずにはいられなかった頃から、ずっと持ち続けてきた切なさだった。  三枝達に乱暴されかけたとき、俊は女顔で線の細い自分が同性に対しても性的な対象になり得るのだということを初めて知らされた。その事実に対しては不思議と不快感は覚えず、逆にこう思ったのだ。  もしも相手が三枝ではなく、和人だったらどうだろう。彼に求められたとしたら、同じように拒むだろうか。  馬鹿げていると思いながら、それを考え出すと、穏やかではない甘やかな疼きを体の中心に覚え、俊はひどく戸惑い混乱した。けれど一度湧き上がった熱は、解き放つまで収まってはくれない。俊は和人の包みこむような優しい眼差しと、長く繊細な指を思い出しながら自分を慰めた。  決まった恋人もいたためしがなく、24歳の今もまだ童貞で、性的には淡白だと思っていた自分の中にそんな淫らな欲望が潜んでいたことはある意味ショックだった。しかも想像の中の相手は、同性であり大切な友人の和人なのだ。  抑えきれない欲望に自己嫌悪を感じながらも、一度相手の気持ちが気になり出すともう止まらなかった。  和人はどうなのだろう。自分のことを、どう思っているのだろう。触れたいと、思ってくれることもあるのだろうか。  そして、ゆるやかに自覚する。  自分は上月和人のことが好きなのだ。同性である彼に恋をしているのだ、と。  同性愛というインモラルな響きは、古い因習の根強く残る島の狭い社会で規律正しく生きてきた俊にとって、触れるのも恐ろしい未知の領域に思えた。これまでの俊の常識では闇に属するはずのその想いは、しかし驚くほどに聖らかで優しく、手放したくない宝石のようにも感じられるのだ。  俊が葛藤の中で鬱々と日々を送っているうちに、カレンダーは淡々とめくられ、いつしか『Xデー』まで1週間を残すのみとなってしまった。  夏休みは終わったが、学校はそのまま休校になっていた。学校だけではなくすべての社会活動が日常の機能を止め、今や全世界が厳粛に、7日後には確実にやってくる運命の別れ道に向かって身構えていた。  三枝達に遭遇する怖さよりも会いたいという気持ちがついに勝って、俊は久しぶりに朝の散歩に出かけた。  和人に会えなかった2週間で、望遠鏡はどこまで出来上がっただろうかと気になった。  人目につきやすい海辺ではなく裏道を通ったので、いつもの時間より少し遅れて公園に到着する。望遠鏡の傍らに和人の背が見えた瞬間、全身が深い安堵感で包まれる。  やはり勇気を出して、毎日でも来ればよかった。大切な残り時間を無駄にしてしまったような気がして、ひどく悔しくなる。  息を切らせ駆け寄る俊に、振り返った和人のなんだか懐かしく感じる笑顔が向けられる。  約束したわけでもないのに、来るとわかっていたようなその笑顔が嬉しく、美貌に暴行の傷痕が残っていないことにもホッとした。

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