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第20話

「今ちょうど、完成した」  和人は望遠鏡の胴体に手を置いて言った。 「おめでとう」  俊も指を伸ばして、キラキラと陽を反射する滑らかな胴体に触れる。  この小さな公園で一緒に作業したシーンのひとつひとつが、スライドショーのように脳裏に浮かんでは消えていく。俊が手伝ったのはごくごく小さなことだけだったけれど、それでも和人と2人、こんなにすごいものを作り上げたのだという実感に感動する。 「あれから連中の方、大丈夫か?」 「うん。君は?」 「あぁ、別に何もない。ヤツらも忙しいんだろう。いろいろとな」 「彼らは悪い方に賭けてるからね。もうあと1週間しかないし」 「あと1週間、か」  和人はつぶやいてベンチに座り、遠く海へと視線を馳せた。俊も隣に座り、同じように海を見る。  ――1週間後のその瞬間まで、このままこうして並んで座っていたい。  そんな馬鹿げた思いが一瞬胸を支配し、ひそかに動揺してしまう。 「言っておきたいことがある」  そんな俊の動揺には気付かぬふうで、海を見ながら和人が静かな声で言った。 「うん」 「その日が過ぎたら、俺は島から出て行くって前に言ったよな」  胸の奥がズキリと痛む。そのことを少しでも考えると体が引き裂かれるようで、あえて頭から追い出そうとしてきたのだ。 「うん……そう言ってたね」 「一緒に行かないか?」  俊は耳を疑い、思わず相手の顔を見た。  和人は視線をおもむろに俊に移し、いつになく真剣な口調で繰り返す。 「俺と、一緒に来てほしい。おまえとここを出ることが、俺のもう一つの夢だ」  夢は2つ。天文学者になって誰も知らない星をみつけることと、もう1つは叶えるのがとても難しい夢――彼は確かにそう言っていた。  俊は和人の一分の迷いもない綺麗な瞳を呆然と見返したまま、ただひたすら固まってしまっていた。  和人と一緒に島を出る――そんな未来、想像したことすらなかったのだ。 「島を、出るって……そんなこと、でも、僕には……」  混乱のままに弱々しく首を振る俊に、和人は優しい微笑みを向ける。 「返事は今くれなくてもいい。考えておいてくれ」  そう言って、また海に視線を戻す。  俊は言葉を失っていた。  どんなに来ないでほしいと願っても、『Xデー』は1週間後にやってくる。もしも隕石が落ちてこなかったら、和人は本土に旅立ってしまう。  ――嫌だ。離れたくない。  そう思っても、自分も一緒に島を出て行くという選択肢自体が、これまでの俊にはまったくないものだったのだ。  自分の血脈すべてが島に直結していて、切り離されたらきっと生きていけないのではないかと不安になる。広い世界で自立してやっていけるほどの強さは、自分にはない。狭く囲われた空間で守られて、静かに安定した生活を送るのが分相応だし楽だった。  ――もしも隕石が落ちてくるなら、彼はどこにも行かないのに……。  ふいにそんな考えが浮かび、不吉な結果を望んでしまいそうになった自分が急に怖くなり、俊は微かに身を震わせる。  気配を感じ取ったのか、温かく力強い腕が肩に回された。体温が近くなり、高鳴る鼓動ごと頭の中身まで伝わってしまうのではないかと、俊は体を強張らせる。 「風が、強くなってきたな」  震える俊の肩を何も言わずそっと撫でてくれながら、和人がつぶやく。そういえば今朝の気象情報で、台風が近付いていると言っていたのを思い出した。  頬を過ぎる海風が心なしか強くなり、俊の心を木の葉のように揺さぶる。優しく肩を抱いてくれている大きな手の温かさだけが確かなもののように感じられて、俊は少しだけ体の緊張を解き、そのぬくもりに身をまかせた。

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